第151話 百枚の試練経過記録、百枚の遺言 その1
制服上下は余った竹資材で作った物干し台に、これまた竹資材を使って作った簡易ハンガーに引っかけて天日干しにした。今の気候なら数時間もあれば乾くだろう。
現在のわたしたち三人はブラとショーツ姿で洞穴内に引きこもっている。
外は、これで本当に九月なのかと疑いたくなるほどのカンカン照りであった。洞穴内は、奥の方からゆるやかに流れてくる冷気のおかげで、非常に快適ではあるが。
しかしだからと言って何もしていないわけではない。
各自ベッドに座り、笹の葉茶を飲みつつナイフの手入れをしていた。
初日に榛名レンからもらったスポーツバッグにはナイフ研ぎ用シャープナーと、刃のくすみを拭うためのウエスが幾枚か用意されていた。
咲子は当然のこと、美琴も料理のために研ぎ方は熟知していた。彼女たち二人のおかげで丁寧に刃を調整、そうしてウエスで綺麗に拭っておいた。
関係ないが、ウエスとして入っていたその布切れの一枚が、ディフォルメされて可愛らしくなったクトゥルフバックプリント女児パンツだった。このデザイン、どこかで見た覚えが。いつ、どこで? いや、そもそも思い出しても良いものなのか?
それはともかくとして。
明日も解体である。対象は、水浴び時に飛び込んできた例のイノシシ。隷属解放の乱事件で人間失格さんから貰ったラブレスナイフが面目躍如である。対して、予備に差しているランボーナイフは、中空ハンドルの脆弱性を嫌って未だ未使用だった。
わたしはラブレスナイフからランボーナイフに持ち替えて、刃を眺める。
「映画で有名になった、サバイバルと言えばこのナイフみたいな印象を与えているけれど、こいつは構造上耐久に信用がないのよね。乱暴に扱うとぽきりと折れそう」
「ランボーだけに、か?」
「サキ姉ちゃん、それちょっとサムイ」
「あいすまぬ」
「中空ってことは、中に何か入れられるの……?」
「あの映画では針と糸を仕込んでいたね。高いところから落ちて怪我したときに傷を縫うシーンがあったし。ちなみにアレ、撮影中にマジで落ちてできた傷らしいよ」
「痛そう……」
「こいつも中に何か入っていたりして、ね?」
わたしはナイフの石突き部分のフタをくるくる回して開け、下に振ってみた。
「……何も出てこない。針も糸もなし。うん? まてよ? 何かがみっしりと詰まっているっぽい? これは……油取り紙? なんで? どうして?」
下に振ってみて何も出てこないので空かと思えば、穴部分を覗けば紙束がこれ以上なくギリギリまで詰め込まれていた。引き抜くのが苦労するほどだった。
「やっぱしこれ、脂取り紙だね。何々、二十。榛名レンとは決して敵対するな、と」
「どうしたの……?」
「ランボーナイフの中空ハンドルからメモ書きみたいなのが出てきたんだよねぇ」
三人はペラペラの油取り紙に、ボールペンで細かく書かれた文字を読み上げる。
「六十六。三日目の昼食は鮎とイチジクだった。六十五のわたしは三日目の昼食にシカ肉を頬張っているようだが、現宇宙の周回ではその事象は回ってこなかった」
「三十五。二日目、ミコトと喧嘩をしてしまった。きっかけはとても些細で、わたしは彼女を傷つけてしまった。彼女の情愛を受け止め切れなくなったのだ。過剰なスキンシップに嫌気がさした? 違う、そうじゃない。単純に空腹が影響した。わたしにとって美琴は大切な人。しかし、それ以上に、空腹。衣食足りて礼節を知る。残りの食糧は少ない。狩りをするにしてもその知識がない。一体、どうすればいいのか」
「九十七。北方面、香芝市方面へ抜けると何かあるかもと探索する。が、これまで異様なほどの晴天だったはずが突如暗雲が広がる。しかも降り注いだのは大粒の氷。具体的には、雹。わたしたち三人は探索を断念し、慌てて拠点に戻った。天候不順は拠点に帰りつくころには嘘のようにカラリと晴れていた」
わたしたちは顔を見合わせた。それぞれが、戸惑いと困惑で表情を埋めていた。
これはなんなのか。
サイコロがあればSAN値チェックでもしそうな不明の紙束だった。
「……つまり、どういうことだ?」
困惑から立ち直った――否、一番神経が細かったゆえなのだろう、咲子が疑問を吐き捨てるように呟く。わたしと美琴は、小さく首を横に振り、わからないと返す。
「最初にふられている番号は、その連なりからしても同日日に起きた出来事とはとても思えない。一日で朝昼晩の食事を、複数回、しかも多岐にわたって摂るとか絶対にありえない。まるで、そう……マンガやアニメ、小説や映画でもいい。世間一般風に表現するならば『時間を巻き戻してやり直している』ような雰囲気すらある」
「でもそれはないよね……。時間は人間が便宜上の概念として用いているけれど、実際はそんなもの存在しないから、何度も同じ日をループなんて不可能だもん……」
仮に時間を巻き戻す――タイムリープとも言うが、これを行なったとしてもすでにアザトースが観測する『観測世界』は出来上がっているため、たとえなんらかの方法で時間遡行を行なったとしても、そこから先に広がる世界は単なる『可能性世界』であり、わかりやすく言えばグリコキャラメルのオマケ的な世界となる。
あくまで、この世界での観測者は、アザトースなのである。
人間など、かの盲目白痴の魔王の無聊を慰める魂なき人形の一形態に過ぎず、人の見るモノは中継する監視ビデオカメラと同じで、すべては夢見るアザトースが世界を悪夢として観測するためのつまらない道具に過ぎない。
この法則は、この宇宙に生まれた全員が対象とされ、たとえティンダロスを故郷とする自分たちイヌガミ筋であってもアザトース世界に受肉した以上は、甘んじて受けるしかない。純粋にティンダロスの住民ならいざ知らず、これは不可避であった。
「そうなんだよねー。だけど気になるのは、六十六の紙に書いている『現宇宙の周回』って一文。これって、アレでしょ。つまるところ」
「どういうことだタマキよ」
「要するにね、この油取り紙は、宇宙そのものを、もっと厳密すれば『アザトースの観測世界の、周回そのものを跨いで存在している』可能性があるわ」
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