第76話 貪り喰え、腹を満たせ乙女たち その2

 さて、さて。章の冒頭のわたしたちに、視点が戻る。


 乙女たちは、じりじりと鮎が焼きあがるのを待っている。


 メシ、サカナ、タベル。オレサマ、オマエ、マルカジリ。気持ちは原始人。

 笹の葉茶を口にはすれど、食前の飲み物としてはもう飽きた。


「ああ……食を結ぶ良い匂いだ。堪らん」


 咲子は獣染みたギラギラした目つきで鮎が焼きあがるのを待っている。


「おなか、すいたねぇ……」


 美琴はわたしを膝枕に、薄く目を細めて鮎が焼きあがるのを待っている。


「かゆ……うま……」


 腹は誰よりも減っているが、それよりも何かネタ的なセリフが言いたくなった。なので某ゾンビホラーゲームの定番セリフを呟いた。が、見事、ネタは滑った。


 そうこうしているうちに、待望の実食タイムとなった。


 アウトドア串焼き魚の作法はただ一つだけ。

 魚から串を抜かず、その串を手にしたまま背からかぶりつけ、だ。 


 豪快に行った方が、せっかくの魚肉がポロリと落ちる悲劇は起きにくくなる。


 わたしたちは三者三様、串を手に、鮎の背からがぶりと喰らいつく。


「美味しい!」


 ああもうこの感動は、何を取っても、ひと言にすべてが集約される。


 あまりの美味さに三人とも無言になった。ひたすら食べる、食べる、食べる。

 本当に旨いものを食べると人は喋らなくなる。

 口は言語能力を彼方に放り投げ、咀嚼し呑み込む行為に全能力を振り分ける。うおォん、俺はまるで人間火力発電所だ、なのである。


「ごちそうさまっ」


 たぶん二十分くらいだろう。三人はすべての鮎を頭と骨だけにしてしまう。


「知ってる? この骨もコンロの網でチリチリに炙れば、美味しいらしいよ」

「タ、タマキよ。よくぞ思い出させてくれた。そうだ、ゆっくり炙れば喰えるのだ」


 普段の生活なら迷わず捨てていたであろう部位である。実際、咲子は捨てるつもりでいたようだ。頭部と背骨だけになった鮎を、自らの椀にまとめていたのだから。


 目の色を変えた咲子は骨だけになった鮎を次々と網に乗せていく。


「わ、わたしも……っ」


 美琴も目の色を変えて咲子と同じく網の上に鮎の背骨を置き、炙り始めた。うふふ、とほほ笑んだわたしも二人に倣って骨を網に乗せる。


 薪を調節して弱火に変更する。骨はシュウシュウと水分を失っていく。

 そのままじっくりと炙り続ける。


 本当は頭も炙れば食べられるのだが、川魚は内臓と頭部に寄生虫がよく湧くので言わずにいた。もちろんきちんと熱は通しているので食べても平気だとは思う。が、やはり気持ち悪いし今はサバイバル状況だ。見えてる地雷は踏まなくて良い。


 チリチリになった鮎の背骨は、まるでスナック菓子のようなサクサク食感だった。


「これは良い酒の肴になるな。元から魚ではあるが」

「サキ姉ちゃんってアルコールいける人だっけ?」

「未成年故にここだけの話、名誉ロシア人の称号を頂く程度にはいけるぞ」


 それはほぼ無限に呑み続けられるという意味ではなかろうか。わたしは酒そのものは呑めるが味はあまり好きではない。どちらかというと饅頭が食べたい。


 併せて美琴もそれなりにいける口だという。彼女の場合は将来の宗家当主として祭儀に服し、献饌・撤饌された御神酒を呑んでいる。


 そもそも昔は十五にもなれば元服して大人扱いだった。彼女が執り行なう神事は千八百年前より伝統的に当主が行なってきた。つまるところ、そういうことだった。


「食べたらしばらくゴロゴロしようにゃー」

「にゃにゃーん」

「う、うむ。に、にゃーん。ああダメだ、わたしにはとても似合わぬぞ……」


 わたしの提案になぜか狼狽し、へこむ咲子だった。にゃーん。





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