第104話 隷属解放の乱事件 導入 その2
彼は、くふ、と笑いを漏らし、いつに増してニヤニヤと表情を歪めた。
この似非関西弁を操る道化少年は、真顔にさえなれば美の悪魔が丹精込めて造形したのではないかと勘繰るほど耽美な容貌になる。APPは十八、人類の限界である。
話の前後が乱れて申しわけないが、そういえば榛名と言えば、レンと名乗ったあの恐るべき少女も人の限界値に迫る美形だった。
彼とは方向性をまったく違える、まるで氷の如き美のありようだったが……。彼とあの女が子どもを作ればどんな子が生まれるのか、逆にゾッとする。
さて、元の話に戻そう。
彼の足元には、いつもつき従っている柴犬のセトがいる。
コロコロした可愛いわんこである。セトはこちらをジッと見上げつつ、お行儀よく座っていた。詳しい話は割愛するがこの柴犬もイヌガミである。
「犬先輩さ、以前も聞いたけど、なんで男の癖してイヌガミを連れられるの?」
「誰が犬先輩やねん。お前さんと同い年やで。イラッとしたけん、教えてやらん」
「ケチー」
「まあ俺は例外やから。正直なところ、教えたいけどよう教えてやれんのが本音や」
彼が、いや、同じ十六歳ではあれど、なんとなく口から出た犬先輩なる呼び名をそのまま採用しようと思う。変な呼び名だが、それ以上に変人なので違和感はない。
その当の犬先輩だが、普段は男の格好をしているだけで実は女だったとしてもわたしは驚かない。線の細い体つき、月のない夜の海を見るかのような黒の瞳に長いまつ毛、ニヤつく道化の笑みを隠して女装をすれば楚々たる美少女に化けそうだった。
「お前さん、なんか俺に対してめっさ失礼なこと考えてるやろ?」
「そんなことないよ犬先輩。ちょっとコスプレ女裝子とかさせたくなっただけ」
「だから誰が犬先輩やねん。言っとくけど俺がひとたび女装すれば、その溢れる女子力の影響でお前らの性癖は間違いなく歪む。オトコのムスメと書いて男の娘やで」
「あはは。それ、マジで歪みそうで怖いってー。もう男の娘しか愛せないとかさ」
「おうよ。俺の女子力は五十三万やからな」
うふふ、あははと笑い合う二人。そして彼の足元には柴犬が一匹。
と、ここまで本気で気づかなかったのだけれども、彼の背にはびたりと密着して隠れるような――否、おそらく息を詰めて本当に気配を遮断していたであろう十歳くらいの銀髪の幼女がいた。恐るべきステルス能力。チビッ子の癖して只者ではない。
「で、その上品な薄桃のファーコートを着た、可愛らしいお嬢ちゃんは誰なの?」
「こいつは、響。先月、きさらぎ駅の探索で助けたらめっちゃ懐かれた」
「きさらぎ駅って、まさか、あのネット都市伝説の?」
「それが実際、存在していてだなー」
まるで人形のような愛らしさを湛えた銀髪の幼女が、犬先輩の背の陰から少しだけ顔を見せてこちらを窺っている。目が合って、するりと彼の背に隠れた。
「へぇー。アレか、自分好みに幼女を愛で育てる光源氏計画とかいうやつ?」
「違うわい。同居はしてるけど、そんな貴族趣味は俺にはあらへんぞ」
「幼女には幼女の魅力があるんだよ。こう、イカ腹とか、お尻の微妙なラインとか」
「お前さんも大概やね。つーか、ミコトっちに変なイタズラしてないやろうな」
「してねーわ。毎日仲良く手を繋いで、清く正しく女子高生してるし。むしろこっちが毎日ギリギリのイタズラされてる。隙あらば胸とか触ってくるしキスもするし」
「百合生活を満喫しとるな。ゴチソウサマー」
いつまでも券売機の傍で立ち話をするのも良くないので場所を移すことにする。
犬先輩たる南條公平を先頭に、その彼から決して離れようとせず手をしっかりと繋ぐ愛らしい銀髪の幼女、響が続く。今気づいたけどミルクみたいな幼女臭が凄い。
その、彼らの後ろに前にと、イヌガミたる柴犬のセトが巻き尻尾をピンと上向きに機嫌よく揺らしつつ随伴する。マナーとして、一応胸当てとリードはつけている。
最後尾にわたしが、どこまで行くのかと思いつつもついていく。
そうしてたどり着いたのは、ペットの同伴可能な喫茶店だった。
プライバシーも考慮されているらしく、高い衝立の六人席に三人と一匹が陣取る。
「あと一人来るからそのつもりでいてくれ」
「わたしとしてはさっさと榛名家の文書を読みたいんだけどー」
「そう急ぐな。こっちにも要件があるねん。それにはお前さんが大いに絡んでくる」
ニヤついた顔でこの言動。嫌な予感しかしない。
好きなものを頼めと、席に設置されたメニュー兼注文用タブレットを彼はこちらに寄越してきた。画像の中ではやんちゃそうな子犬と子猫が本日のお勧め品を宣伝している。レアチーズタルトのブルーベリーソース添えとダージリンティーだそうだ。
ふむ、とわたしはその本日のお勧めをタップして自らの分を確保し、相変わらず犬先輩にしがみついて隠れようとしている銀髪幼女の響に端末を手渡そうとした。
彼女はビクリと露骨に身体を震わせ、犬先輩にさらにぎゅっと抱きついた。そうして彼に頭を撫でられて受け取るよう促され、恐る恐る手を伸ばすのだった。
うわあ、なんだろうこれ。まるで小動物か何か。すっごい可愛い。
「ふふっ……おっとと。いかんいかん」
むくりと嗜虐心が起きかけて、わたしは慌てて美琴の姿を脳裏に浮かべて平静さを意識した。美少女を見ると、つい、いじりたくなる。これも愛のカタチである。
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