第173話 ティンダロスの王、ミゼーア。その3
「タ、タマちゃん……わたし……やっぱり……怖い……っ」
あれま。うーん、ダメだったか……。
何を思ったのか美琴はわたしのスカートの中に顔を突っ込ませてきた。
ショーツの生地越しに彼女の熱い吐息を感じる。身体が震えている。さすがにミゼーアの出現と強制王城ご招待には、深呼吸程度では対応しきれないようだ。
なので、好きにさせる。存分にオンナノコのニオイを愉しむがいいさー。
「わ、わたしも、構わんか……? 尻のほうを少し、借りるぞ……っ」
「え、ちょ、お姉ちゃんそっちは違う穴っ」
なんと咲子まで。彼女もわたしのスカートの中に顔を突っ込ませてきた。
右の臀部の山の辺りに、ショーツ越しに人肌を感じる。
不味い、これでは屁がひれないではないか。
え、もしかしてお肉たっぷりフレグランススメルを嗅ぎたいの?
ポケバイみたいな音を立てて放屁するかもしれないよ?
と、そのとき。
まるで見えない壁でもせり出したかのように下界の観衆が二つに分かれた。
異様な光景に拍車がかかる。
白く輝く何かを纏う最低でも数百人規模の――おそらく女性の団体が、あまりに広大過ぎて視界が霞む人影の海の、その先から現れたのだった。
目をよく凝らして眺める。遠見の魔術は残念ながらわたしにはない。
白い何かは純白のドレスだった。まるで花嫁が着るような、だ。
王冠を載せた、震電より若干小さい十の頭のティンダロスの猟犬が。その一体一体の背に、彼女らは跨ったり寝そべったり横座りにしたりと、清純と淫靡を同居させたかのような格好で騎乗している。言わば、清純派AV女優みたいな矛盾した感じの。
まだ遠くて細かくは判別がつかないが、先頭にはひときわ豪奢な白のドレスに身を包む女性を確認する。他の女性たちに比べると明らかに華奢でかつ小柄であり、見た感じでは小学校中学年から高学年くらいに思えなくもない。
やはりミゼーアも良い趣味をしている。ロリっ子もいいよねー。いや、違うか。彼も年端の行かない少年の姿をしているのであれで意外とバランスが取れるのか。
顔をヴェールで覆って、おまけに下を向いているので表情が伺えない。が、おそらくあの幼女こそが、寵姫を含むミゼーアの妻たちの頂点、正室なのだろう。
ああ、わたしは、あの集団の末席として、かの王に囲われるのか……。
もっとよく見る。
彼女らは酒杯を手に、清らかさと淫らの合間を行く絶妙な気配をたたえつつ、壇上をゆっくりと登ってくる。
下界の大歓声は彼女らが壇上を登るにつれ、潮が引くように静寂が満ちてゆく。
先頭の、際立って豪奢なドレスの幼女が、ヴェールを捲ってこちらを見上げる。
「――えっ。お、お母さん?」
親の顔を、その娘のわたしが見間違えるわけがない。あの、どこまで行っても幼女から脱却できない童顔は、わが母以外にあり得ない。
超一流の人形師が自らの命を削って作ったが如く、まつ毛の長い、奥ゆかしい深窓令嬢のような儚く耽美な容貌。まあ中身はわりとドンパッチな性格だが。
ドレスに隠されてはいるが、肉体成長という概念を完全に無視する完璧な幼児体形。くびれのない胴、ペタンコ胸、イカ腹に、ぷにぷにのもち肌。
ああ、小さい頃の記憶が蘇る。
幼いころのわたしはあの少年みたいな薄い胸に抱きついて甘えたものだった。お願いして、たまに乳首を吸ったりもした。
母の体臭は、幼い子どもみたいな甘いミルクキャンデーの香りだった。そう、アレである。不二家ミルキー。それはわたしにとって、心から安心できる芳香。
子として、あの匂いに再び包まれたい欲求がむくりと起きてくる。なぜならわたしがいた実数世界では、母とは十年来の再会なのだから。
しかしその願いは、叶わない。
そういう状況ではないし、それができる立場でもない。
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