第154話 百枚の試練経過記録、百枚の遺言 その4

「この洞穴について書かれているわ。なんと、この奥に貯蔵庫があるらしいの」


「それになんの意味が。んん、いや、うむ。……貯蔵庫だと?」


 空気を読まない発言に、咲子が苦言を呈しようとして中座した。わたしのウインクに気づいたためだった。これはあえて振っている話題だと理解したのだ。


「貯蔵庫は鍵がかかっているんだけどさ、というかその扉こそが平安時代辺りで滅んだだろう人類世界にそぐわない、わたしたちの良く知る現代的なものらしいのよ。でさ、ミコトのレーベくんの空間転移で鍵を開けさせれば、中に入れるって」


「貯蔵庫だけあって、その中には有益なものが保管されていると考えていいのか」


「んー、ある意味有益、かなー」


 小さな文字でびっしり書かれたメモ書きにはこうある。


『コンクリートの床、ステンレスの調理台、合板で造られた現代的な食器棚、どこから引いているのかわからないが、ともかく浄化された水回り設備までがある奇妙な部屋だった。それだけではない。もっと混乱させるものがあった』


『部屋は三つに区分けされている。最奥には千を超えるラム酒が鎮座していた。なおこれは比喩でもなんでもなく、事実として書いている。銘はキャプテンモルガンプライベートストック。中部屋にはバレルサイズの樽詰めにされたレーズンが数樽、一斗サイズの瓶詰加工されたラムレーズンが日付をつけられて数十本並べられている』


『サキ姉ちゃん曰く、このラムレーズンを知っているとのこと。なんとこれは――」


 ここから先は破れてしまって読めなくなっていた。


「ラム酒はわたしらは未成年だから横において、加工済みのラムレーズンをちょいとばかし頂きに行かない? あと、浄化された安全な水があるのは凄く魅力的」


「行くのは良いとして、どのあたりにあるのだ?」


「この洞穴を真っ直ぐ降りて体感で百メートルだってさ。向かって右手に文明感溢れる違和感バリバリの合金製扉があるらしいの。たしかに自然洞穴に扉とか、ねえ?」


 誰がどうやって作ったのかなど突っ込まない。


 この可能性世界にわたしたちを送り込んだのは誰か。そう、榛名レンだ。

 魔術的儀式もなしに指をパチンと鳴らして異世界へご招待できてしまう一族にしてあの魔人なら、どんな突飛なことをしでかそうと不思議ではない。


「今から、そっちへ探索に行こう」

「タマちゃん……っ」


 責めるような声で美琴は顔を上げ、幼児のようにイヤイヤと顔を横に振った。


「ミコト、こういうどん詰まり感に陥ったときこそ動くべきよ。わたしたちはすでに百の巡回宇宙で、百回失敗している。この情報からわかる最大のメリットは?」


「そんなの、わからないよぉ……」


「わたしはね、自身に違和感を覚えるの。百回の別パターンを行なって失敗する自分に。この、喉元にまで答えがせり上がっているようで出てこないもどかしさ」


「……」


「残された紙片の最大のメリットってなんだろうね? そうよ、これを書いたわたしたちは、現わたしたちの絶対の味方ということよ。彼女たちは、命を賭して、現わたしたちにこう語りかけてくるの。自分たちの二の轍は踏まないでほしいと、ね」


「でも、それと今からの探索は……」


「実はこの紙片を一通り目を通して気づいたんだけど、今宇宙で、三日目のこの時点までメモに気づかなかったのってさ、初めてみたいなのよ。早ければ初日。遅くても二日目の夜にはナイフのメンテで気づいているパターンばかりなの」


「うん……」


「だけどわたしは、人間失格さんから貰ったラブレスナイフばかり使って、こっちのランボーナイフには目もくれなかった。この時点で、百度のわたしたちとはすでに全然違う三日間を、僅かながら歩んでいるって訳。で、さっき少しほのめかしんだけどさ、背中にこう、キックが欲しいの。延髄蹴りでもいいけどね。喉に詰まった違和感を、ペッと吐き出せる強烈な刺激が欲しい。だから、まず、行動をしたいのよ」


「……うん」


 いくらか詭弁を交えて、説得と言いくるめを美琴に使った。

 結果は、一応成功とみてもいいだろう。


 彼女はゆっくりと頷き、目を閉じた。度々書いているが、彼女の目は既に視覚に何ら影響を及ぼさない。彼女の視力は、三体のイヌガミが余さず代行していた。


「……キックが欲しいんだよね、タマちゃん」


 珍しく美琴の活舌が尻すぼみな喋りから力強いものになっていた。


「タマちゃん。わたし、タマちゃんのこと、心から愛してる。だから、今夜、セックスしたい。わたしの処女を、貰って。そして、あなたの処女を、頂戴」


「おう……そうきたか」


 何度でも書くが、昨晩の三人の行為は自慰行為であってセックスではない。

 人によっては、あれは自分以外の手で性器を触れ合っているのでペッティング以上セックス未満という考えに至ってもなんら不思議ではないが……。


 それでも、である。


 男のように臍まで怒張したペニスを意中の人の性器に突っ込んで腰を振るだけがセックスのすべてではないだろう。何か、色々と常識が崩れそうではあるが。


「愛の形は、いかようにな形にも、なれるものなの……」


 美琴の場合、機会を見るや逃さず自分の欲求を満たそうとする悪癖がある。

 でも、そんな彼女が愛おしいと思うのもまた事実。


 うん、もう、あげちゃってもいいや。代わりにわたしも貰うし。


「じゃあ、今夜、ね。優しくしてね」

「うん、今夜。とっても仲良しさんになろうね……」


「お前たち本当に。いや、もう何も言うまい。気持ちが通ずれば、それで十分か」


 明日わたしたちが死ぬというならば、と咲子は小さく呟いた。






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