第155話 化石古代樹、洞穴探索 その1
暦の上での秋など所詮は欺瞞に過ぎない強圧日光にて、天日干しにしていた制服はあっという間に乾いてしまった。下着姿のわたしたちはそれを取り込んで、着た。
お日さまの匂いをたっぷりと吸った制服は、当然ながら暑いほどの熱気を籠らせていた。しかし涼しい洞穴内を歩くわたしたちには良い感じの暖かさになっていた。
わたしたちは初日だったか二日目だったかに採取した松脂に、焚き火の灰をまぶしてよく練って、それを竹棒に巻きつけて作った松明を光源に洞穴内を進んでいる。
順序はわたしが先頭、次いで美琴、トリは咲子が担当する。
狼の震電は夜目が利くはずなので先行を命じた。すると彼は勇んで前を歩くのだった。ときおりこちらを確認するために振り返る姿がとても頼もしい。
「……なるほど、これね」
メモ書きに書かれていた扉は、本当に唐突に、まるで洞穴壁に埋めるように取りつけられていた。無造作というか、情緒が欠損しているというか……。
恐る恐るノブを捻る。
もはや違和感しかないそれは、情報の通り鍵がかかっていた。
「ミコト、レーベくんを空間転移させて扉の内側のロックを外すよう命令してね」
「うん。じゃあタマちゃんは、ちょっとよそを向いていてね……」
わたしは咲子に松明を預け、美琴の言う通りにティンダロスの呼び声対策のため彼女から背を向け耳を閉じた。ついでにしゃがむ。震電が股下へ寝そべってきた。
ややあって咲子に肩を叩かれてイヌガミの使役が終了したのを知った。わたしは甘える狼の身体を軽く撫でて立ち上がる。松明を咲子から受け取る。
行け、と言うと震電は命令に従って開け放たれた扉にまず飛び込んだ。
そうして安全確認したらしく、いくばくかして戻ってきてその場に伏せた。
尻尾が団扇のように左右に動いている。褒めて欲しいらしい。
可愛い子だ。わたしは彼の頭を撫でてやり、よしよしと褒めてやった。
松明に照らされた謎の部屋は全面コンクリートの無骨な造りで、天井にはどこへ繋がっているのか不明な送風口らしきものが二つ、奥に繋がる金属製の扉が一つ、当然ながら窓はなく、洞穴道よりもさらに涼しく、むしろ夏衣服では寒いほどだった。
まるで軍事施設。
テレビでしか見たことないけど。と、いうのがわたしの感想だった。
出入口すぐの壁に照明スイッチを発見する。
ぱちり、とつける。
天井の蛍光灯が点灯する。懐かしいような文明の灯だった。
しかし念のため松明は消さずにつけたままにしておく。
ざっと眺める。
部屋内部は、メモの通り、調理と水回りの設備が整えられていた。
「広さは、そう、大体八畳くらいかな。こういうのが奥にまだ二部屋もあると」
「うん、そうらしいね……」
「異常のひと言だな。観測世界にもかくの如く面妖な施設があるのだろうか?」
蛇口をひねる。少し勢いが弱い感じだが、使用するには十分な量の水が流れ出した。指先を濡らして鼻先にやってみる。無臭、指先に異常なし。
念のため震電の鼻先に持っていく。彼はスンスンと匂いを嗅いで、そうしてぺろりとわたしの指先を舐めた。どうやら本当に安全な浄化水であるらしい。
壁には整理整頓清潔、と書かれた紙が貼られている。半紙に墨で、達筆だった。
調理台はステンレス製の実用第一な業務仕様だ。台の大きさは畳一枚分くらいだろうか。殺菌用アルコール噴霧器が置かれている以外に目を引くものはなかった。
「次の部屋を見てみよう。たしかラムレーズン入りの瓶が保存されているんだっけ」
「うむ……」
おそらく危険はないと思われるが、念のため慎重に次の部屋へ移動する。
入った扉のすぐ横の、蛍光灯のスイッチを入れる。一瞬間をおいて照明が灯る。
この部屋も同じく八畳ほどの広さで、業務用ステンレス調理台と隅の棚にはラム酒漬けにされたレーズンの瓶が数十本、ひとつひとつ丁寧に封が施され、日付ラベルが貼られていた。どうやらこの部屋の主は、相当に几帳面な性格らしい。
「ラムレーズンは一週間漬けて作るんだけど、ラベルでは三か月経ってるね……」
「それだけ念入りに熟成させてるってコト? ふむ、この瓶、一本貰っちゃおうか」
「強いお酒で漬けているし、たくさん食べると酔っちゃうかも……?」
「そこは土佐の血がどうにかしてくれるっしょ。わたしらの先祖はティンダロスと土佐の血でできているし。まあ未成年だから、あまり食べるわけにはいかないけど」
以前にも触れた余談だが、一番酒精に強いのは咲子だった。
呑む端からアルコールを分解し、全然酔わないという。名誉ロシア人の称号は伊達ではない。まるでアルコールに完全耐性を持つミュージシャンのオジーオズボーン氏だ。ちなみにアルコール完全耐性とは、十億人に一人の確率で得られるらしいが。
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