第156話 化石古代樹、洞穴探索 その2

「ラムレーズンを持って行くにしても部屋の調査を済ませてからにしろ、二人とも」

「はーい」


 咲子に叱られたところで次の部屋へ行く。

 静かにノブを回し、手だけを突っ込んで壁面に大体の当たりをつけ、照明スイッチを探す。ぱちり、と照明がつく。慎重に次の部屋に入る。


「これは、また……壮観だねぇ……」


 そこはラム酒の天国だった。銘柄は、たった一種類のみ。

 キャプテンモルガン・プライベート・ストック。

 なぜにここまで集められているのか、狂気めいたものを感じる。


 コンクリート床にフォークリフト輸送用の強化プラスチック製パレットが幾枚も敷かれており、その上には木箱でダース入りにしたラム酒が幾重にも重ねて置かれている。倒壊防止のためにラップフィルムで二重巻きにするほどだった。


「この部屋は奥行きがかなり深いね……。前の二部屋の五倍はありそう……」


「そうだねー。でも、どうやってパレット丸ごとここに搬入できたんだろう。扉の幅に、明らかに合わないんだけど。まさか一個ずつ運んで積んだわけでもないよね」


「これがすべて中身入りのラムだとすれば千本は下るまいな。むむ? この辺りは酒ではない。中身は、おお、これはネットで見た覚えがある。がんばれ食だ」


「え、どれどれ。ああ、艦船用って書いてるね。『がんばれ! 元気を出せ! 救助は必ずやってくる!』みたいな激励の紙が入っているナイスな救命食糧でしょ?」


 現状、ほぼ樹海に相当する林の中で遭難中みたいな感じのわたしたちである。


 おあつらえが過ぎる気もしないではない。が、ラム酒だけではなく高カロリー保存食も一緒に保管しているということは、ここの所有者は――榛名レンかどうかはともかくとして、あるいは自身の非常時をも考慮に入れていると見て取れる。


 つまり、ここは、セーフハウスに相当する倉庫でもあるということ。


「ついでにこのがんばれ食をひと箱ばかり貰っておこっか。九食入りだってさ」


 もう一度、わたしは周囲をざっと見まわす。

 部屋を圧倒するように、ラム酒の木箱で満載になってる。


「にしても、どうしてこんなにラム酒ばかり集めたんだろうね?」

「むう……その答えはおそらく、ラムレーズンのにあるのだろう」


「知っているのか雷電?」

「誰が雷電だ。お前が小さい頃、民明書房をモロに信じていたのを皆にバラすぞ」


「やめてください。そんなことされたら恥ずかしくてお嫁に行けませぬ」

「タマちゃんはわたしのお嫁さんだから大丈夫だもん……っ」


「ブレないなお前たち。まあいい。ラムレーズンは一本頂いて、それとこの酒も一本貰おう。よし、試食しようではないか。わたしの予想が当たっていれば、あるいは」


 初めの部屋に戻り、調理設備の戸棚から皿とお玉を取り出して念のため水洗いする。そうしてラムレーズン瓶の封を解き、お玉に一杯分の中身を皿に盛った。


 咲子が何か知っているようなので、彼女のする様子をわたしと美琴は見守った。


 彼女はまず皿を両手で持ち、鼻を近寄せて匂いを嗅ぎ始めた。ふむ、とわかったようなわからないような頷きが入る。そして一粒ラムレーズンをつまんで、無造作に口へ持っていき、食べた。しばらく咀嚼する。んふぅーと鼻息。そして嚥下。


「……やはり」

「知っているのか、雷電?」


「だから誰が雷電だ。それよりこのラムレーズンの正体がわかったぞ」

「え、わかるのそんなので。匂い嗅いで一粒食べただけじゃん」


「これは『モーガン船長のひみつバターサンド』に使われているラムレーズンだ」

「んん? 何? いや、いつかどっかで聞いた覚えはあるような、ないような」


「さもあろう、さもあろう。巷でも静かなブームであるからな。桐生ミスカトニック大学区内にある、つまりわたしらのボンクラ女子高ではない方の桐生学園という意味でだが――そこの喫茶店『コノハナサクヤ』の人気数量限定メニューなのだよ」


「なんで、そんなのがここで生産を?」


「知らん。が、この夏休みに幾度かこの限定品の幸運に浴せたゆえ、覚えていた」

「あー、もしかして、男の娘の愛宕恵一くんをひっそりと眺めて愛でる会の?」


「そうだ。恵一くんが彼の彼女さんとの賭けに負けた罰ゲームで、この世ならぬ愛らしさを湛えた奇跡の女装ウエイレスとして夏休み中コノハナサクヤで彼女さんとアルバイトという……。くそっ、わたしが恵一くんの彼女になれれば、もっと目くるめく男の娘な萌え萌えライフを――うわっ、ストレートに胸を揉みに来るな!」


 何やら語り出したので、わたしは咲子の胸を真正面からガッツリ行ってやった。


「お姉ちゃんの性癖はともかく、そのラムレーズンがここで生産されていた、と。ここから考察できる内容は、なんだろうね。どう思う、上級性癖者のサキ姉ちゃん」


「上級なものか。ただ、彼の尻穴にわたしの情念を注ぎ込みたいだけだ」


「……だめだこりゃ。女が男の菊花を狙ってどうするの。そんなにSAN値を削りたいのなら、いっそわたしがお姉ちゃんの前も後ろもお口も心も奪ってあげるよ」


「だめぇ、もう、タマちゃんはわたしとだもん!」


「あ、うん。ごめん」


 勢いに押されて美琴に謝ってしまった。

 でも今夜は3Pだよ、ミコト。物凄いセックスだよ。と、口の中で呟く。


「話を戻して、このラムレーズンからわかるのは……はて、やっぱりよくわかんないね。まず、この世界にわたしらを吹っ飛ばした榛名レンと、この倉庫の関係性が不明だし。どうなのかな、この倉庫の主は榛名レンなの? とりあえずは喫茶店コノハナサクヤとは密な関係だというのは確定だけど。……まさかのまさか、愛宕恵一くんが関わっていたりとかは……いや、あの子は単なるバイトだし、さすがに違うか」


「わたしの恵一くんが! それはまことであるか!?」


「サキ姉ちゃん落ち着いて。言葉遣いが本格的に武士めいてきてるから。あと、あの子は夏場だけのバイトなんでしょ? 関係ないよ。紛らわしいこと言ってごめん」


「む、う……」


「念のために聞くけど、モーガン船長以下略って、いつごろから店に出てるの?」


「少なくともわたしが在学している間はなかった。ただ、噂で聞くに、天才悪魔とアブラハム系列宗教から恐れられた、かの少年がレシピをもっているとか……」






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