第157話 化石古代樹、洞穴探索 その3

 天才悪魔、アブラハム系列全宗教者の敵対者、かの少年とくれば。


「ここでまさかの南條公平なんじょうきみひらかよっ。隷属解放の乱事件以来会ってないけどさー。あの笑う道化がここにあるラムレーズンを? うーん、なーんかしっくりこないな。それよりも榛名レンが作っている、と考えたほうがまだ……いや、あんな冷徹な女がエプロン姿で食品加工とか普通に想像できないというか。うう、むむむ……」


 でも、この可能性世界にわたしらを吹っ飛ばしたのは榛名レンで、どうやら無人の世界っぽいのになぜか綺麗に発掘済みの巨大化石樹の洞穴があって、その中にこんな珍妙な食品加工施設があるという。うわ、なんかもう、混乱してきた。そもそも南條公平だか榛名レンの秘密の施設というわけでもあるまいに。うがーっ、わからーん。


 わたしは目を閉じた。集中するのなら視覚を削るのが一番効率が良い。


 南條公平は宗家直下の血筋。ただ、母親がイヌガミの使役者としては無能力者だったために血筋の遠く離れた家系へ養女に出され、さらに早々に嫁いでいた。


 イヌガミ筋は女権の家系であり、この処置はあくまで特例なのだった。こうしないと無能力者の彼の母親にとってイヌガミ筋の風習はまさしく毒にしかならず、下手をすればSAN値――精神強度が著しく損なわれ、いずれは廃人となりかねない。


 そのような母親から生まれた南條公平は、ひと言で表現すれば、異常者だった。


 しつこいのを知った上で書く。

 イヌガミ筋は、女権の家系として存在している。


 が、あの異常者は、女性でなければ契約を結べないはずのイヌガミを男の身でありながら結んでしまっていた。彼が連れている柴犬のセト。あれはイヌガミである。


 それだけではない。


 彼の持つ魔力は宗家の鑑定でもってしても片鱗も測定不能の、恐るべき容量を湛えていた。測定した宗家の家令がひと言、まるで火炙りにでもなった気持ちだったと、汗だくになって放心したらしい。あるいはわが母よりも魔力持ちかもしれない。


 さらには真顔でいさえすれば、まず滅多にない人類の極地、魅力度が十八の美少年ときたものだ。あの美形具合はホモ気がなくても彼の尻を掘りたくなること請け合いである。しかも男であるゆえか、ティンダロスの呼び声が掛からないとくる。


 そんな彼は現在、幾柱ものヤバすぎる邪神と親交を持ち、世を嘲笑いつつ絶望に叩き落とす各種論文を発表、世界三大宗教の内の二つに真っ向から喧嘩を売り、それでいて未だ暗殺されないまま、今は飄々と超巨大企業の桐生と深い関係を築いている。


 宗家直下の血統とはいえ一度は外部に出たためだろう、段階を踏んで四大家系の内の霧島と榛名のどちらかに養子として出向き、そうして宗家へと舞い戻る計画があるとも聞く。これすなわち、美琴の未来の旦那は南條公平ということになろうか。


 一方、榛名レン。彼女は謎に包まれている。

 基本的にわが一族は結束が強い。血族の強固さを表わす良い例として、主筋から傍流まで、名前、年齢、性別、顔、身体つきまですべて徹底網羅するのが通例だった。


 当たり前だが世間マジョリティは広く、イヌガミ筋は圧倒的に少数派マイノリティなのだった。


 自己防衛のためにも一族の顔と名を合致させるのは必須であり、それなのに、わたしは彼女を知らない。美琴も咲子も、彼女を知らないのは態度でわかるというもの。


 ニンジャさんこと九鬼良司のような、われらが一族とある種の契約を結んだ家系からの養女か、あるいは宗家の誰かが外で作った娘か、まさかのそれ以外か。


 実際のところはどうなのか、本気で判断に困る。


 いずれにせよそんな謎めいた彼女が、未来の宗家当主に試練を与えるという重大な役を負うのもおかしな話であった。だからこそわたしは今、悩んでいるのだが。


 もう一つ不明な点がある。


 わたしと咲子は除外として、一族の女ならば何はともあれイヌガミとの契約を結ぶのが慣例になっていた。それが故の女性主体の一族なのだから。

 もちろん、契約には様々な形態がある。魔力が少ない一族の女性も当然いる。そういうときは仮契約だけする形となる。この場合は、片目の視力を失うこともない。


 契約そのものは昔で言うところの成人への年齢で十五歳前後。美琴は宗家跡取りとしての様々な手順や伝統に則り少々遅れもしたが、それでも今年の十七歳の夏休みに無事契約を果たした。しかも両目の視力を捧げて三体と契約とか無茶をする。


 ところが、膨大な力を持つはずの榛名レンは、イヌガミを連れていなかった。


 もちろん美琴のように普段はいずれかに隠せるスキルを持っているとも考えられなくもない。が、そのようなレアスキル、そうそうに所持しているとは考えづらい。


 余談になるが、イヌガミ使いとイヌガミ憑きは、その魔力のほぼすべてを自身のイヌガミへ回すため基本的に魔術を使わない。別に魔術に頼らずとも、ティンダロスの猟犬たるイヌガミがいれば大抵はそれで代用できてしまうためだった。


 わたしのような魔術使いは一族にすれば例外的な存在となる。魔導書アル=アジフけものがうなるを用いて魔術行使していた南條公平は、普通に変態なのでこれまた例外である。


「よし。さっぱりわからないことがわかった! 第三部、完!」

「いや、終わらせるな。気持ちは分からんでもないが」


 冷静なツッコミを咲子より頂く。しかし本当にわからないのでどうしようもない。





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