第153話 百枚の試練経過記録、百枚の遺言 その3

 わたしはじっと、命がけでもたらされた、これらの情報を読み取っていく。


 第一回目のメモ書きは、後を考えると不吉以外の何物でもなかった。

 内容はこうだ。


 ――この試練は初めてだから、と榛名レンは言った。意味がわからない? わからなくて当然よ。ただ、初めてだからこそ、メモを取りなさい。先頭には『一』と書きなさい。それがいずれ『あなた』を助ける。『あなた』のことは、助けないけど。


 榛名レンは、これから先、わたしたち三人が何度も死ぬと、予言しているのだ。

 その後の、『一回目』の結末は、こうある。


 探索のために南へ向かい、葛城市新庄方面から御所市方面へと移動する途中で、突然の雷に打たれて美琴は死亡していた。群青の空が広がる中での雷。まさに青天の霹靂。当然、近くにいたわたしたちもただでは済まない。メモを残して、死んだ。


 晴天時に雷に打たれる確率は実に百万分の一と言われる。


 そんな確率を引いてしまった美琴は、全身に火傷を負い、酷い部分は炭化し、死亡した。わたしは自らの感電傷さえもかなぐり捨てて治癒を施した。だが、いくら魔力を振るおうとも、死者は蘇らせられない。それは神と呼ばれる者の領分だった。


 わたしは目を閉じる。第一回目の自分たちの死にざまに想いを馳せ、黙とうする。

 併せて美琴の頭を優しく撫でる。彼女は、黙って、わたしに甘えた。


 面白い、と表現するのはいささか不謹慎か。

 なので、興味深い、と言い換えよう。


 なぜなら、その『周回宇宙ごとに』わたしたち三人の行動は、全然まったく、がらりと変わっているのだった。


 まず食料調達などは、なんと祖父の狩りに従事していない咲子などもいて、食糧事情により三人が争いを始めたパターンなどもいくつか見られた。

 他にも、今世界の逆、『わたし』が『美琴が持つ同性愛嗜好』を強烈に持ち、美琴は美琴で今世界のわたしのように『両性を愛せる』パターンなどもあった。


 わたしと美琴の二人して咲子に、妹どころかまるで母子のように懐いている異色のパターン。互いに互いを愛し過ぎて羞恥心を捨て去ったバカップルパターン。一見すると仲が悪いようでとても信頼し合っているパターン。性的な部分を抜いた、完全に親友パターン。二人して義姉の愛妾みたいになっているパターン。その逆パターン。


 本当に、多種多様に及ぶ。

 別宇宙とはいえ、これが自分たちなのかと頭を抱えるようなものも多々ある。


 震電についてもそうだ。

 彼がわたしたちの一員になるのは半々の確率で、なんと先ほど討ち取った雌イノシシに流星号と名づけ、飼い始めるパターンまであったのは驚きだった。


 ただ、不変の部分もいくつかあり、今からそれを書き出していこうと思う。


一、試練は白露美琴、わたしこと時雨環、村雨咲子の三人で必ず実施されている。

二、美琴は四日目の午後以降に、必ず死亡する。その後わたしたちも死ぬ。

三、どの周回の自分も必ずこの情報紙片に気づき、自らの出来事を書き込んでいる。

四、例え喧嘩しようとも、根っこの部分で自分は美琴を心から大切に思っている。

五、各自の持つ魔力量に変動なし。美琴が次期宗家当主であることも変わりなし。

六、最重要点。二項からの派生。わたしたちはこの試練に、百回、失敗している。


 ほかにも不変部分を上げようと思えばいくつもあげられそうだが、それでも核心になる部分だけを選んでしまえば、この六つこそが適切順当なものになるだろう。


 わたしは百の情報と、百の遺言を、すべて目を通した。

 特に百巡目の最期に書かれていた一文が心に引っかかりを見せた。


 内容は次の通り。 


『百。このデスゲームをクリアする方法は存在しうるのか。二人零和有限確定完全情報ゲーム。いや、わたしたちとあいつで三人対一人だが、自分が言いたいのはそうではない。敵と味方で考えるとして、この迷宮みたいな現状を打破するには――』


『そもそもの前提を、根本から覆す、何かを用意せねばならない』


 前周回の『わたし』は、試練にかかる前提条件に違和感を覚えたらしい。


 今宇宙の『わたし』は、これを読んで――、


 記憶の片隅に追いやられた何かを思い出しかけたのだが、しかしその正体を見極めるには突然降ってわいた情報の大波に呑まれてしまって判然としなかった。


 こういうときは無理に思い出そうとしても唸り声しか出ず、美琴や咲子にいらぬ不安を与えるだけであまりよろしくない。

 忸怩たる思いではあれど、ぐっと堪えて思考を切り替えるしかない。今は、欺瞞と取られても良いから前向きな話をするべきだろう。


「二人とも、これを見て」


 わたしは『十二』と書かれた紙片を取り上げた。






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