第123話 隷属解放の乱事件 共闘開始 その1

 最悪なのは、われわれイヌガミの一族が拉致されているという避けられぬ現実。


 幾度も触れたようにイヌガミ筋の平均的魔力容量は世間一般の人間をショットグラスとするならバスタブほどはあり、比較対象に少々困惑を覚える話、その辺の神話生物を凌駕する魔力を持っていると考えていただければ多少は分かりやすいだろう。


 それが今回、攫われたのは宗家近家の二人と来る。


 単体で、最下級の名もなき異形の神くらいなら前準備なしの儀式もなしで、即時召喚せしめるほどの魔力を持っている計算である。それが、なんと二人も揃っている。


 つまり、わたしが何を言いたいかと言うと――、


 この魔力を以って場の状況を、


 『フォーマルハウトは現在地より地平線上に姿を現している』


 という魔術的設定を儀式に書き加えられるなら、通常の儀式よりも遥かに安定確実で、しかもより迅速強固な召喚が出来てしまう目も当てられぬシナリオが考えられてしまうのだった。まあ、やらないけど、わたしなら召喚のみことのりさえ知っていれば今すぐにでも喚び出せるけれども。うん、これはただの魔力自慢である。


「それでも五日はかかる。あの子たちが攫われて今日で三日目や。言うても儀式を執り行なう祭司が、積み上げた儀式に自らを生贄として捧げる場合は別やけどな」


 司令塔にして頭脳チート、幼体邪神に愛される犬先輩の有難くない予測である。


 念のために、新たに立て直した作戦の概要を開示しておこうと思う。


一、最優先事項は互いの同胞の救出である。すなわちイヌガミ筋と食屍鬼の、だ。

二、外部の兵士は殺害を含む無力化で。遺跡内のアルスカリは全員抹殺で。

三、アルスカリどもはクトゥグァ召喚の儀式をしている。必ず破綻させること。

四、救出後は素早く撤退する。なお、無力化した兵士の処遇は食屍鬼たちに任せる。


 彼ら食屍鬼が住処にしていた施設は、ひときわ大きなドーム状をしていた。


 それがアルスカリどもの手によってだろう、大小複数の照明装置によって禍々しくライトアップされていた。なんと表現すればいいだろう、魔界のネオンというか。


 ほぼ暗視装置を必要としない環境が整えられてはいる。が、わたしたちは不測の事態に備えて暗視ゴーグルは外さず、機能を最小限に落とすだけに留めることにした。


 遺跡施設を慎重に観察する。


 全体像から、屋内型球場を連想させるほどの規模があるのが見て取れた。壁は基本的には白みがかった焼結体、つまりセラミックでできているらしく、陶器独特のぬらりとした色感の光沢を反射している。こう、思わず手に触れてみたいような質感だ。


 出入口は人間失格さんの説明では正面と裏口の二か所だけであるらしい。ただし裏口は先日の彼らの潜入によってアルスカリ共に気づかれて、それで逃走する際にやむなく爆破処理をしたために瓦礫とともに埋まってしまっているらしい。


 要するに、現状、まともな侵入経路は正面の、一か所だけだった。


 わたしは視線を遺跡からその周辺へと移していく。狙う施設一帯は、仮設にしては妙に立派なLED街路灯らしきものが敷設され、光源の確保を努めていた。


「どうしましょうか、姫君」


 人間失格さんがわたしに尋ねてくる。

 わたしは、犬先輩と一瞬だけ目くばせしあって、それで口を開く。


「正面と裏側と、それ以外に秘密の出入口とかはないの?」


「あるにはあるですが、アルスカリどもによって塞がれているかと。私の侵入発覚によって、囚われの同胞から手段を選ばず情報を引き出しているでしょうし」


「あー、考えられるね。罠も仕掛けられていそう。リョウジさん、ご意見どうぞ」


「残る特戦の数は四人一組の四班、計十六人です。ドームの広さから警備手段を考えるに、罠設置は確実でしょう。いっそ正面より侵入したほうが安全ですね」


「ニンジャさんがマジでニンジャさんだった」


「ただの探偵ですよ。しかし正面から音を立てずに全員無力化となるとかなり……」


 彼の隠密能力だと真正面からでも余裕で侵入できるのでこの考えである。あまりというか、ちっとも参考にならない。しかも彼の言葉尻からして、無音で兵士の背後に回り、バックスタブを人数分繰り返して無力化しようと考えているのが分かる。


 もしかしたら彼なら本当にやり遂げてしまいそうな予感もしないではないが、さすがに現実的ではないだろう。いや、だって十六人だよ? 常識的に考えようよ。


「いずれにせよ、もう少し近寄らないとダメかな」

「では、あちらの廃屋の陰がちょうど良いでしょう」


 わたしたちは身をかがめたまま、じりじりとドーム施設へとにじり寄っていく。


 人間失格さんの提案で、わたしたち三人とヤバい一柱とわんこが一匹、そして食屍鬼の四人は、ドーム正面口にあと五十メートルほどの廃屋の陰に身を落ち着けた。


 緊張からくる、深いため息が漏れる。

 街路灯が作る陰影の深い闇に身体を溶け込ませ、再び、そっと様子を見る。


 正面口には計八人の完全武装の特戦が、臨戦態勢で警備に当たっていた。


 いや、違う。

 よく見れば正面入り口の奥でバリケードのようなものが見える。

 内部でさらに二班が警戒している。


 この二段構えから察するに、裏口は完全に潰れていて、しかも人間失格さんたち食屍鬼が知る秘密の出入り口も何らかの対処が施されていると考えられた。


 と、そのとき。くいくい、と袖を引っ張られた。





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