第124話 隷属解放の乱事件 共闘開始 その2

 振り返れば銀髪の響が、愛らしい顔でわたしの上着を握っていた。


「ねえ、ねえ。ジャーキーをもう一袋、くれてもいいよ?」

「どんなねだり方よ。まあいいわ。あげるかわりに、あの兵隊たちをなんとかして」


 空気を全然読まない幼女に呆れつつ、半分揶揄のつもりで言い放つ。

 しかしそれは、あまりにも軽率が過ぎたとだけ言っておく。


 忘れたのか。彼女は、混沌の顕現体――混沌そのものだということを。


「うん。あいつらここに近寄ったのに気づいてるし、一気に汚い花火でいい?」

「……は? こっちに気づいてるの? なんで? どうやって?」


「警戒のために幻覚の度合いを下げて、本来の能力を発揮できるようにしてるから」

「待って、待って。つまり中身が入れ替わっていると? いや、初めから?」


「死ねばみーんな同じ血と肉とウンチだから、心配いらないよ?」


「こら、やめろ。人の腹にはクソがキロ単位で詰まってるんやぞ。雑に殺すと周囲が大惨事になる。スカトロ趣味なんて俺にはねえからな」


 犬先輩の制止が入る。


「にゃあ。そしたら無力化程度にするね。全身の骨、ぼきぼきー」


 うんと頷き、無造作に両手を伸ばした響は、目を細めて中指と親指で摘まむ動作をした。わたしは小首をかしげて、小さな子どもの手を見つめていた。


 異様な空気が。良司と人間失格さんたち食屍鬼が息を詰めた。

 そんな彼らの視線を、追う。


 五十メートル向かいで臨戦警備をしていた特戦たち二班が一所ひとところに不自然に掬い上げられて、ぷちっと、空間が圧縮でもしたかのように――潰された。


「な……っ?」


 見れば正面入り口奥の、二段構えのもう一つの班も、同じように潰されていた。


「たぶん死んでない、かな? ねえねえ、早くジャーキー、ちょうだい?」

「あ、うん……はい、これ……」


 わたしは混沌の顕現体たる銀髪の幼女にビーフジャーキーを一袋差し出した。彼女はパンパンと手を叩いて埃を落とす動作をし、笑顔で報酬を受け取った。


「これは、なんとも……」


 さすがの良司も絶句していた。食屍鬼の四人組などは、見たら死ぬ系の悪魔にでも出くわしたような顔になっている。サイコロがあればSAN値チェックしそうだ。


 向かいの特戦たちは全員――、

 治安の悪い街の、ぶちまけられたゴミみたいに転がっている。


「……いこっか。リョウジさんのニンジャ活劇が見れなかったのは残念だけど」

「あ、はい。行きましょう……」


「お前さん、響への願いごとは気ぃつけんと身の破滅もバリューセットやぞ」

「うん、マジで理解した。見た目は可愛いのにこの子ヤバイ。わたしもヤバい」


「にゃあ。テングのビーフジャーキー美味しいの」


 わたしたちは全身骨折させられた特戦たちを遠巻きに、施設内部へと侵入した。


 ときに、人間失格さん曰く、このドーム施設はかつてのなんらかの研究所の、その本棟で、外周に円を描くように廊下が環状し、上下二層に大きく区分けされ、各目的の部屋に細分化しているらしかった。ひと言で表すなら、環状線廊下付の建物だ。


「可視光照明があるせいか、わが家の雰囲気が違うものに見える気がします」

「あー。光の具合で場の印象とかはガラッと変わるからね」


 嘆息する人間失格さん。


 現在、わたしたちは少し話し合った上で時計回りに環状廊下を移動中だった。

 人気のない廊下は綺麗に掃除されてチリ一つ落ちていない。彼が言うには、普段は元々備わっていた近赤外線光を照明代わりに使っていたそうだ。それがすべてLED照明に取り換えられていた。おかげで見やすいと言えば見やすいのだが……。


「これから向かう下層区域って言うのは、どんな感じなの?」

「階段で普通に降りられるのですが、その先はなぜか偽装倉庫になっていました」


「え、なんで? 何か隠す必要があったのかな。ふーむ。ここの遺跡って、人間失格さんが棲む前はどんな種族が棲んでいたのだろう?」


「わたしも気になって調べました。なんせ時間だけはいくらでもありましたので」

「それで、どうだったの?」


「どうやら蛇神のイグを拝する蛇人間たちのものらしく、その辺りの知識は不足しているため厳密には言えませんが、どうも秘密の研究も行なっていたようです」


 若干言い辛そうに彼は答えた。


「そもそも彼ら蛇人間たちが、一体どういう文化や技術を持っていたのか自体あまりわかっていません。わたしの知る文明とは根本的に違い、しかも古すぎるのです。超古代の、万年単位の昔ですから。ただ、遺跡群の、特にこの施設の保存は群を抜いていて、わたしが最初に訪れた時点からすでに実際使用に耐えられたのです」


「それでも人間失格さん的に、理解や想像のつく技術とか遺物とかは、あった?」


「書物の類は年月に耐えられず、外気に触れるだけで粉と化してしまいました。理解の代表的なものはセラミック加工技術ですかね? これも後々に図書館利用などで知り得た技術体系ですが、それが、立体物や壁画なども綺麗に残っていまして」


「なるほど……って、どしたのリョウジさん」

「複数の移動体が歩く速度でこちらへ向かってきています。おそらく見回りですね」


 良司は腕を横に、一行に制止をさせた。

 油断なく周囲の気配を読み取ろうとしているのがわかる。すると人間失格さんはひと言、こちらです、とわたしたちを誘導するのだった。


 彼は一見して何の変哲もない壁に三回、五回、四回とノックした。

 と、どうだろうか。

 壁が音もなく右にスライドし、人がかろうじて入れるほどの隠し扉がぽっかりと口を開けるのだった。彼が言うには、保守点検用通路であるらしい。


 わたしたちは迷うことなく、素早くその通路に入り込む。扉は全員が入ったところで音もなく閉まった。ついでに気密されるのも感じた。


「なるほど、この壁は魔法瓶みたいになってるんやな」


 保守点検の出入口は狭かったが、内側は作業用にだろう、人間が並んで歩けるほどの余裕は取られていた。そして通路そのものも近赤外線光の光源があるらしく、暗視ゴーグル機能によりモノクロの視界ではあれど視界を確保されていた。





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