第125話 隷属解放の乱事件 共闘開始 その3

「ねえ、犬先輩。魔法瓶ってどういこうこと?」


「気密されたのには気づいているやろ? 今し方、複数のアルスカリどもはこの壁の向こうを歩いて行った。なのに、まったくこっちに気づいていない。つまりどういうことやねん、というわけや。人間失格さん、ここを開けてくれ。拉致ってくる」


 犬先輩と柴犬のセトは気密扉から音もなく出ていった。ジャーキーを頬張っていた響も慌てて彼について行く。そして十秒もせず、何かを引きずりつつ戻ってきた。


 それはフード付きローブで身を深く覆った二体の人型だった。

 人間にしては大柄。しかし、かの種族では矮躯。

 そう、こいつらは単眼のアルスカリ。


 ピクリとも動かないところから察するに、しかし犬先輩は拉致とあえて表現していたので、何らかの方法で気絶させたのだろう。


「よーし、扉、閉めてくれや」

「あ、はい。身体つきはほっそりされているのに、力、ありますね……」


 どうせイヌガミの力を使って、重力とか摩擦などを弄ったのだろう。


「これから尋問に入る。が、その前にアルスカリの特徴を軽くレクチャーしとく」


 言いながら犬先輩はアルスカリが羽織るローブの、そのフードをめくった。

 巨大な単眼。見つめると、催眠状態になるので気を付けること。

 ただし、そのただ一つの目は見開かれたままで、そいつは口から泡を吹いている。


「何これ。SAM値直葬にでもあったようなヤッバい顔してるわ」

「もしくはFXで全資金を溶かしてしまったような」

「ほんそれ」


 一体何があったのやら。

 

「アルスカリの可視光帯はかなり広い。一個しか目がないから、それを補うために性能を上げた感じやね。知ってると思うけど、目は脳の一部やねん。それで、脳は足らん部分を何かで補う傾向がある。もちろん、アホはアホのままやけどなー」


 要するに、赤光色から紫光色方面までの光受容体が人間より発達していると。


「光ってのは、粒子であり、波。音の周波数も電磁波も根源は同じ。目は光の『波』を感知する器官である。なので仮に、音を光の周波数に変換させたら、音を見ることもできる。さて、幻覚とはいえ人間に化けるとはどういうことか。たぶん、名義上は幻覚となっているけど、人間そのものになっていたと考えたほうが分かりやすい。アバターを被り、目的のために人間社会に溶け込むんやで。ほんで人間に化けたら、人間程度の尺度でしか動けんくなる。戦闘力53万のフリーザさまは実際にはもっと強いけど、真の姿ではないから力に制限がかかっているわけやなー」


「わかったような、わからないような。とにかく、彼らの持つ幻覚なりなんなりで化けたら、対象の種族の姿に能力が依存するというのは理解した。それじゃあ強い神話生物に化けたら良くないかな、と思う気持ちもあるけどね」


「下限には限度はないが、上限は自分の持つ能力以上は無理やで」


「ま、そんなところか。なろう系クソチートじゃあるまいし、ご都合主義はないと」


 ともかく、先ほど響が言っていた幻覚の程度を下げるとは、化けていた人間から本来の自分に戻す行為であって、それがゆえに人間失格さんの探索が失敗したり、ついさっきの隠れていたわたしたちがすでにバレていたことに繋がってくるわけだった。


「ただ、こいつらは幻覚も催眠も何も使っていないバニラな状態やねん。能力はアルスカリの素体と考えて良い。長々と話すけれど、なんで俺がこのメンテ部屋を魔法瓶と例えたかというと、蛇人間の遺跡で赤外のサーモが通じてしまったら、蛇人間たちからしたらプライバシーが保てんくなるやろ? 蛇にはピット膜というサーモ的な感知器官があるんや。だから、建物は自分らの各種感知能力をなるべく遮断するように作った。ちゃんと気密してしまえば、波調も外には漏れ出てこない、と」


 犬先輩は、ニタニタと道化の笑みを深めた。女装すればそのまま女で通じそうな端正な顔が淫らに歪む。わたしは彼から一歩身を引いた。正直、こいつが一番怖い。


 彼は重量物用の単分子結束バンドを取り出し、手慣れた様子で二体のアルスカリの手足を縛った。尋問するので猿轡はしない方向で。そして、寝転がされた彼らの剥き出しの目玉を、靴のつま先で無造作に順に蹴ッ飛ばした。これは痛い。


 うぎゃっ、と悲鳴を上げるアルスカリ。衝撃でFX以下略状態から脱したらしい。


「……ヒッ、アクマッ。ニタニタワラウ、ジゴクノ、ドウケアクマガ!」


 うわー、言われてるよ犬先輩。道化の悪魔とか、マジでこいつらに何をしたのよ。


「よう、おはようさん。早速やが、選ばしたろ。あらゆる狂気と苦痛に悶えつつ十京倍の主観時間の内に死ぬのと、俺の尋問に答えて楽に死ぬのと、どっちがいい?」


「ヤダッ、シニタクナイ! シニタクナイ! オカアサーン! オカアサーン!」


 だんだん気の毒になってきたアルスカリどもは近赤外線光の照明の下、ギョロリと大きな目玉から大量の涙を流しつつ、まな板に乗せられた新鮮な魚みたいにジタバタと暴れもがき始めた。そこに笑みを湛えたまま、犬先輩はトゥキックを目玉に。


「アンタもたいがいエグイわ」

「そんなことないで。俺にはこいつらを蹴ッ飛ばせる権利があるし」

「いや、もう、わけがわかんないわ……」


 わたしは考えるのを諦めた。






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