第126話 隷属解放の乱事件 共闘開始 その4

「どうやら狂気と苦痛を御所望みたいやな。響、出番やで。『貌』を見せてやれ」


「……お兄ちゃん、今夜、わたしと一緒にお風呂に入ってくれる?」

「ここぞとばかりに甘えてくるなぁ。泡の国ごっことかせずに普通にしていられるのなら入ってもいい。頭と身体は、オプションで洗ってやってもいいが」


「うん、絶対に洗ってもらうの。あと、わたしと一緒に寝てくれる? ぎゅっと抱きついても、いいよね? にゃーってするの。にゃーって。うふふ」


「いつも勝手に寝床に潜り込んでくるやんけ。アレか、俺から誘って欲しいのか」

「うん。署名入りの婚姻届けとイエス枕を持っていくよ」


「やめんか。しかしまあ、占拠しているアルスカリどもがこの施設のどこで何をしているのか、特戦との関わりとかの情報を、俺の代わりにこいつらから引っこ抜いてくれるなら背中くらいはさすったろ。希望箇所があればそこも考慮したる」


「背中? 愛撫してくれるの? じゃあ寝るときは裸んぼでいいよね。わかったよ」


「全然よかねーよ。風邪引くっちゅうねん。パジャマは着とけ。もちろんパンツも忘れず履くんや。あと、腹巻きもちゃんとつけろよ。ぽんぽん冷えるで」


「ちょ、犬先輩。色々と盛大にアウトな気がするんですけど……っ」


「ふはは。見た目がロリっ子やからって騙されたらアカンで? 響はアレやぞ?」


 いや、いや。わかっている。わかっているのだ。

 確かに視覚的には愛らしい銀髪碧眼幼女以外の何者でもないが、それよりも、混沌の邪神と風呂に入って一緒に寝られる神経がどうにも信じられないのだった。


 そもそも、なぜゆえにこのような最強にして最狂の顕現体と、平気で行動を共にできるのか。どう考えても頭おかしい。この男も実は混沌の邪神とかじゃないよね?


「にゃあ。愛があれば、邪神だって」

「アッハイ。ソウダネー。愛ッテ、ダイジダヨネー」


 少し前にも聞いたセリフを、響はさらりと言ってのけた。恐ろしい。


 混沌たる響は、わたしたちを少し遠ざけた上で拘束されたアルスカリと相対する。


 彼女は今、背を向けている。

 何をしているのかは人の身ではわからないが――。


 アルスカリどもの身体がビクッと跳ね、一瞬、宙に浮いた。まな板の上の魚ってレベルではない。異様な痙攣。灼熱の鉄板の上に投げ出された芋虫のよう。圧倒する様相を前に、響の背中は静かに佇んでいる。何がなんだか分からないが、恐ろしい。


 悲鳴は漏れてこない。


 それが逆にアルスカリの狂気と苦痛を如実に表わしていた。元、信仰対象がすぐ傍にいるのだ。神様に睨まれて、恐怖しない奴は少ないだろう。もはや悲鳴を上げる余地すらない。漆黒の太陽に焼かれる単眼種は、地獄でさえ生温い玩弄の末に死ぬ。


 犬先輩、いや、南條公平はよくもこのような禍神まがつかみと一緒にいられるものだ。


「にゃあ。こいつらから、情報、引っこ抜いたよ」


 響は変わらぬ口調で犬先輩に言った。

 そして、未だ悶え続けるアルスカリなどにはもはや微塵も関心がないとばかりに踝を返し、彼の方へ駆けよって抱きつき、頭を撫でて貰っていた。


「お兄ちゃんの予想通り、あの大嫌いな炎のアイツを召喚しようとしているみたい」

「やっぱりそうかー」


「ねえ、ねえ。アイツにワンパン、してくれるんでしょう?」

「そういう約束やからな。必ずワンパンか、あるいはそれ以上を喰らわしてやろう」


「アンタたち……それ……絶対ヤバいって……」


 ペット同伴喫茶でクトゥグァの名を聞くだけで取り乱していた響が、情報を引き抜く際にかの神性を知った上でなぜ平気でいるのかと思えば、そういうことらしい。


 犬先輩の足元に纏わりつくセトは機嫌良く尻尾を振っている。同じく彼に纏わりつく邪神幼女の響も、まるで獣耳ケモミミと尻尾があるかのようにべっとりと甘えている。


 響は犬先輩をどこまでも信頼もしているのがよくわかる――憑物感が半端ない。


「召喚の現場は下層の一番奥、こいつらは礼拝堂って呼んでいる大広間なの」


 以下、彼女が得た情報と、当遺跡住人の食屍鬼たちの情報をまとめるとこうなる。


 今となっては食屍鬼たち住処になっている蛇人間たちの遺跡は、表向きは彼らが崇めるイグの加護を得る、宗教色の強い一種の科学研究施設になっていた。

 が、秘密裏に造られた下層区域では、彼ら蛇人間たちの信仰としては異端とされるクトゥグァを礼拝する隠れキリシタン的な施設でもあった。


 そう、この一致。アルスカリ共がこの遺跡を狙った理由が、これだった。


 下層区は先ほど響が口にした礼拝堂を始めとして、司祭室、副司祭室、講義室、魔術研究室、書庫、薬品庫、保管庫、魔術実践室、生体実験室、牢獄区、後はトイレやシャワー室、ロッカー室、倉庫、簡易食堂、仮眠室で構成され――上層区とは機能が完全に分離する、独立した構造になっていた。


 当然ながら人間失格さんたちも下層区の存在については知ってはいたが、彼ら闇の底の同胞たち十一人が暮らすには上層区だけでも十分に生活環境とプライバシーが保たれるため、軽い調査だけ済ませてその後は完全に放置していたという。


 気になるのは牢獄区である。


 この区域、現在はクトゥグァ召喚の儀式のため、誘拐してきた十数人もの女性たちが生贄用に監禁されているとのことだった。


 さらには一番奥の、一番頑丈な牢獄には人間失格さんたちの同胞も厳重に捕らえられていた。ただ、榛名歩と霧島漣子は、誘拐されてきた当初から礼拝堂に特設された『炉心』なるガラスのシリンダーの中に閉じ込められているとのこと。





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