第127話 隷属解放の乱事件 共闘開始 その5

「犬先輩、それでどうするの?」


「まずは人間失格さんとこの同胞を救出やな。最短距離で行くとして、ええーと」


 彼は響が入手した情報をもとに下層区地図をノートに書き出していた。

 見た目が幼女な混沌邪神に抱きつかれ、ちょっかいを受け、それでも頭を撫でてやりながら器用に壁を台にして描いたものだった。


 差し出されたノートを受け取った人間失格さんが、代わりに答えてくれる。


「私たちが入った正面口を十二時として、現在は二時の辺りにいます。それで、三時の場所に物置行きの下層階段――偽装倉庫への階段ですが、これを使えば下層区へと繋がります。そうして部屋を抜けてすぐの保全通路を渡り、慎重に歩を進め、書庫と薬品庫を経由、少々回り道になりますが、確実性を取って牢獄区へ向かいましょう」


「三時の場所に階段ってことは、反対の九時の場所にも階段があるの?」


「あちらは屋上へ出るだけですね。かつては植物園だったらしい残骸がありますよ」

「研究施設利用者の憩いの場、みたいな場所かぁ」


「そしたら、行くで」

「ちょっと待って。まだもう一つ残ってる。特戦とアルスカリとの関係性は?」


「それは移動しながらでええやろ。こいつら単眼種どもは、特戦が外を守っているのを前提で見回りを一組しか出してないらしい。つまり、もう、どんだけデカい声出して歌って踊ってレイヴしてもバレへん。なんやったら一発ヨーデルでも歌おか?」


「なんでここに至ってヨーデルなのよ……」


 騒いでも平気。それを証明するかのように、柴犬のセトがわんわんと鳴いた。

 はあ、とため息を落とす。あー、頭痛い。


 わたしたちは苦痛と狂気の果てに至る気の毒なアルスカリどもに慈悲の止めを刺してやり、保全通路から出て、三時の方向にあるという下層区階段を目指した。


 道すがら、話の続きを聞いた。

 響が得た特戦とアルスカリの関係を要約すると、こうなった。


 反逆アルスカリ=焔神会=教祖、坂東穂邑ばんどうほむら=盾の会=公安調査庁幹部、穂村誠司ほむらせいじ


「……いやいやいや。なんのことか意味が分かんないわ。どういうことよ?」


「そのままやで。まず焔神会は矮躯の反逆アルスカリどもの隠れ蓑で、そこの教祖が坂東穂邑。これにイコールの盾の会、指揮官が公安調査庁の幹部、穂村誠司。つまりやな、日本の行政にアルスカリが一部食い込んでいるわけや。ちなみに坂東穂邑と穂村誠司は同一存在。え? 性別? 幻覚で化けるのに性別とか関係ないやん」


「乗っ取られてるの?」


「計画のためによっぽど昔から動いていたみたいやな。それが、今回、表に出てきただけの話。そして俺らイヌガミの一族をキレさせたっちゅう話」


「マジか。ほとんど侵略じゃん」


「実際のところ、思いついてもなかなかできん。国家レベルになると組織内に潜り込もうとする人外を見つけ出して排除する機関も当然用意しているし」


「じゃあ見つかっていておかしくないと思うんだけど」


「それだけ擬態が上手かったってことやろ。あと、盾の会とは元々は三島由紀夫が率いる極右組織だった。それをどう手入れしたかは知らんけど、主上のおわす帝都を守護する現代の源頼光、デビルバスターとなった。なんとも世話ないなー」


「……って、ことはあの特戦たちも中身は全員アレなの? 単眼種?」


「全員とは限らんな。アルスカリお得意の催眠と幻覚でどうにでも誤魔化せるし。古鷹とか言うアイツは人間やったやろ? まあ、その辺はどうでもええ。処理済みや」


「……そうね」


 今、優先すべきは同胞の救出。順序を誤っては元も子もない。


 わたしたちは人間失格さんの言う三時の位置にある階段から下層区域へと降りて行き、無人の廊下を抜けて保全通路へと歩を繋いでいく。そして、書庫に出た。


 書庫、と言われると図書室のようなものを想像していたがまったく違っていた。


 これらの物品は、人間失格さん曰く、すべて彼らアルスカリどもの持ち込み品であるらしい。書庫と銘打つ割りには書物がほとんど置かれていない。


 では何なのかというと、部屋にあるのは――。


「石板? むしろ粘土板かな。壺とかも。うわ、なんか文字が刻まれているけど」


「面白いな。見てみろ、こいつはエメラルド陶片の原書をわざわざ陶器で復元している。ほら、アラム語で書かれているやろ。むっ、ここの文法間違ってるなー」


「そういえばアンタ、考古学で博士号を持ってたっけ。早く次行こう、次」


 読めないものに興味はない。それよりも一族の救助を考えるべき。


 と、先へ促そうと振り返るも、犬先輩は書庫にして数少ない書物を手に凄まじい勢いで目を通していた。わたしにはわかる。あれは、写真読み。集中して書面全体を脳裏に丸写しに、脳内で読む。目で読むのではない、脳内映像で読み取る速読法だ。


「待て。この二冊でも借りておけ。注釈つきの研究熱心さで、しかも読む限り正確に日本語訳されている。字が可愛いし、女の仕事やな。ただしアルスカリやけど」


「……図書カードはないみたいね」


「当たり前やろ。気が向いたら返却でいいねん。どう思う、家主の人間失格さんや」


「えっ、いやまあ、それで構わないかと……」


 人間失格さんはまさか話を振らるとは思わなかったらしく、目を白黒させていた。


「で、これは何の書物の翻訳写本よ?」


「考古学ではこの手の書は、総括して魔導書と呼ぶ。一冊は無名のフランス人作家が書いた、文脈を工夫したらハスターを呼べる『黄衣の王』で、もう一冊はセラエノ大図書館の石板から盗み描いた『セラエノ断章』や。クトゥグァ呼べるで。ふははっ」


「アンタそれ笑いごとじゃないから。そもそも魔導書とか、読んだらヤバいっしょ」


「世間一般の人ならな。俺らだとバロウズの裸のランチを読んだときの気持ちやで」


「あらすじ不可能の、なぜかホモの記述がいっぱい出てくるあの狂人作品かぁー」


「映画版はまだ意味は通じたな。原作に比べて、やが」


 魔導書を丁寧に翻訳し、大量に注釈までつけてくれているのなら読む価値があるかもしれない。わたしは犬先輩から二冊の書物を受け取って、紙袋に入れた。






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