第128話 隷属解放の乱事件 救出 その1

 書庫を抜け、薬品庫を中継し、無人の廊下を進んで牢獄区へ向かう。


「そこで少しお待ちを」


 今まで静かについてきていた良司が、低い声でわたしたち一団を制止した。牢獄区は向かう先の角を曲がってすぐの場所にある。


「この先、軽武装の見張りがいるようです。まだこちらには気づいてはいません」


「気配で気づけるのは納得できるけど、敵の武装の種類まで分かるの?」


「硬質樹脂が擦れる音と、武器を所持する者独特の、好戦的な緊張感が漂ってきています。どうやらボディアーマーを着込み、拳銃やナイフを手に牢番をしていますね」


「……ほとんど超能力の領域だわ。さすがニンジャさん」


「ふふふ。では、更なるニンジャらしい姿をお見せしましょうか」


 ああ、良治さん。とうとう自分を忍者と認めてしまったか。

 わたしは胸の奥で苦笑する。


 スッと彼の姿が消えた。すぐ傍にいて認識できないとは末恐ろしい。


 ややあって、うっ、というくぐもった声が二度連続して、そうして静かになった。

 わたしたちは角を抜ける。


 ローブを着込んだ二体のアルスカリが無造作に倒れていた。

 血は流れていない。

 何をしたのか、見当もつかない。

 が、呼吸を突然止められたような形相で、口を大開きに絶命していた。


「彼らの胸元を叩き、心室細動を引き起こしてみました。あれも人型ですから」


「防具の上から二の打ち要らずシアーハートアタックとか、ニンジャさんマジでニンジャってる……」


 絶句するわたしをよそに、良司は次の扉の前で目を閉じる。牢獄区内の気配を探っているらしい。……いや、もう、これって本当に感知系の超能力じゃないの?


「……事前に知ってはいましたが、やはり結構な人数が囚われているようですね」


「危険性は?」


「傍に殺気立つ気配が一。怯えの気配はすべて牢獄の内側から。問題ありません」


 言って良司は扉に手をかけた。するりと入り込む彼。

 一拍置いて、どさ、と崩れる音が。


「制圧しました。どうぞ、入ってきてください」


 内部は二重構造になっていた。


 入ってすぐに格子扉が続き、足元にはまた別のアルスカリが息絶えていた。

 良司はそれら単眼種の遺体を身体検査し、カード状の何かを取り出した。どうやら格子扉の鍵らしい。彼はそれを扉に付随する電子錠スリットに通した。


 するすると横開きに動く格子扉。


 牢獄区は一本の廊下を中心に、左右に三つずつの計六つの牢で構成されていた。

 一つの牢の大きさはだいたい十畳ほどだろうか。

 こちらに気づいた牢内の女性たちが、怯えた目でこちらを見ていた。何を思ったか、良司は内扉を守っていたローブのアルスカリを廊下に放り込んだ。


 ぱん、と彼は手を叩いて囚われの女性たちを注目させる。


「はい、皆さん。おつかれさまです。ご覧の通り、あなた方の救出に参りました」


 彼が廊下に投げたアルスカリの効果は抜群だった。

 視覚的に、闖入者のわたしたちが味方であることが一目瞭然だからだ。


 一瞬、しんと静まった牢内は、次の瞬間、わあっと歓声が上がった。


 なるほどわたしたちは食屍鬼との混合編成だった。同じ牢に繋がれているとはいえ人間と食屍鬼のコラボレートはいらぬ疑いを醸す原因となりかねない。


 それを共通の敵であるアルスカリの遺体を投げ捨てるという、わかりやすい視覚効果で見事に払拭してしまったのだった。


「リョウジさん、後は、手はず通りに」

「はい。では、僕は彼女たちをエスコートしつつ地上へと向かいましょう」


「ここでリョウジさんとは行動が別になるの? ニンジャさんが謙虚なナイトに?」


「さすがにここの女の子たちを連れての探索は無理やで。皆が皆、お前さんみたいな強い子とちゃうんやで? つーか、お前さんは一族の中でも特別な存在やし」


「わたしだって女の子なんだけど……」


「女子高で野生を蓄えた、ヅカの男役よりも男らしい、漢女と書いてオトメやんけ」


「色々酷い。でも大体合ってるのがなんか腹が立つ。野生の女子力を舐めるなよ」


 そうこうしているうちに良司は囚われの彼女らを解放し、十数名を一まとめに牢獄区から出て行った。残るは人間失格さんの同胞、囚われの食屍鬼を残すばかり。


「よし、姦しいだけのおねーちゃんたちには早々に立ち去って貰って、そんでメインのアンタらや。ほい、人間失格さん。ここはアンタが同胞を助け出すんやで」


 良司から受け取ったカードキーを、犬先輩は彼に手渡した。


「はい、では。同胞たちよ、助けに来たぞ! そして立ち上がれ! われわれの静かな生活を取り戻すため、協力してくださっている腐敗の姫君と共に戦うぞ!」


 いきなり同胞を煽る人間失格さん。

 それでいいのかと思うも、彼らにとってはそれでいいらしい。ざっとわたしに食屍鬼たちの視線が集まり、彼らはこう言った。


『あの旨い肉を届けてくれた、かの姫君か!』


 と。


「……。アンタたち、わたしを美味しいお肉を生産する業者みたいに思ってない?」


「いえ、決して。しかしあなたのおかげで救われたのは事実です」


 この辺りの考えは人間と食屍鬼の違いなのだろうか。

 明らかに互いの思考に乖離を感じるが、しかし最終目的は同胞の救出および住処の奪還であり、そのためには共通の敵であるアルスカリどもを始末せねばならず、多少の常識の齟齬も同じ敵を持つ以上はそれほどの問題にはならなそうだった。


 曰く、奇妙な共闘である。そういうものか、と自分で自分を納得させる。





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