第129話 隷属解放の乱事件 救出 その2
囚われていた女性たちは良司のエスコートで地上へと帰っていった。
彼女らは最近ミナミで連続していたアルスカリによる誘拐事件の被害者であり、クトゥグァ召喚儀式のハイライトには裸にひん剥いて人型の牢獄へ押し込め、生きたまま火炙りで捧げられる生贄でもあった。まるで人身御供のウィッカーマンである。
それにしても、仕方がないとはいえ良司が探索チームから外れたのは損害に近い。
まさか解放した女性を連れて探索を継続するわけにもいかず、少し考えればわかる話ではあれど、やはり初めからそのつもりならば先に言っておいてほしかった。
これを甘えだと言われればそれまでだけれども、彼のあり余る有能さを鑑みればこの如何ともし難い気持ち、あるいは理解していただけると思う……。
その大きな欠員を埋めるように、新たに七人の食屍鬼が探索隊に加わった。
全員、ちょっと恐ろしいまでに礼儀正しい紳士で、けれども頭はモヒカンだった。
改めて言うまでもないが、この遺跡の現在の住人は、人間失格さんを初めとする十一人の食屍鬼たちであった。なので、住処を取り返そうとする彼らの士気は高い。
なので、腹が減ってはいくさはできぬとの故事に倣い、わたしは榛名のご当主への土産物だったビーフジャーキーをすべて彼らにプレゼントしておいた。
ときに、犬先輩はニヤニヤと道化の笑みを顔中に深めていた。
嫌な予感しかしない。こいつもコレさえなければ物凄い美少年なのに……。
そして、彼は、電撃的にアルスカリが占拠する、礼拝堂の制圧作戦を提案した。
それに一も二もなく乗る食屍鬼たち。意気投合し過ぎだろう。
先に断っておこう。
最初からその兆候はあったけれども、あえて言う。
これはワンサイドゲームであると。
これから反逆のアルスカリどもは、藁のように、一方的に刈り取られていく。
作戦の概要はこうなっている。これを戦術レベルに落とし込んでいく。
一、彼らアルスカリは人間より遥かに広い可視光受容能力を持つが、基本的に目を通して知覚する部分に違いはないため、まずは配電室を占拠、照明操作を手中に置く。
二、照明を落とす。混乱に乗じて礼拝堂に突入。襲撃は三つの班に分割。一班は祭司を狙う少数班。二班は信者を討伐する多数班。三班は儀式の破綻を狙う総合班。
三、一班はわたしと人間失格さん、トミエの三人。二班は残りの食屍鬼たち。三班は犬先輩と響と、いつも彼につき従っている中身がイヌガミの柴犬セトが担当する。
四、突入は全員で、一気に行なう。照明係に一人、人員を分けて照明を落とす合図で状況開始する。基本は皆殺し。戦いにおいて敵の死体ほど安心できるものはない。
いつの間に用意したのか、犬先輩は自動拳銃を一丁、こちらに手渡してきた。
桐生裏零式拳銃。弾丸は専用の22マグナム・ホットロード・ダムダム弾。マグナム弾をさらに火薬増量、禁止加工の銀弾を用いることで小口径高速弾の持つ絶大な貫通力を殺傷力に変換。女性向け低反発対怪物弾。コンバットロードで十七発装填。
「――俺な、先月、きさらぎ駅を探索したんやけどな」
作戦準備として配電盤を制圧し終えたそのとき、不意に犬先輩は話しかけてきた。
「かの駅に迷い込んで、すぐにそこがクソッタレな可能性世界だと気がついて、今宇宙の人生の内、これで何度目の探索やったっけ。ああ十二回目か、って思ってん」
「ツッコミどころは色々あるけど、とりあえずはうんと頷いておくよ」
「で、不幸にも同じく巻き込まれた探索仲間と一緒にな、邪教のキチガイ祭を途中で拾った車で襲撃し、邪教信者を容赦なく車で撥ねまくって、踏み潰して、ある仲間は散弾銃で信者の股間を撃ち抜き、さらに別なヤツは村中を放火、俺は俺で響を助けて取り憑かれ、そんで元の世界に返ってきた。まあアレや。なぜかは知らんけど、俺が探索に関わると大抵がエキサイティングになるんな。ホントわけがわからんけど」
「アンタ、一体何をやってんのよ。一族以外の奴らなんてどうでもいいけどさ」
「これから毎日家を焼こうぜ?」
「そこで唐突にチャー研ネタを出さない」
不吉な宣言にしか聞こえないのでやめてほしい。犬先輩はしゃがみ、愛犬のセトに犬用のおやつクッキーを一つ二つと食べさせ、優しく頭と背中を撫でてやる。
「そのときの仲間ってどんなのよ。股間撃ち抜きとか放火とか、只事じゃないわ」
「極道の妻と、幼女をはく製にするのが趣味のカニバルと、CIAのパラミリ。あとは昨年から性奴隷として囚われて復讐の鬼と化した女子高生が一人、途中から参戦」
「訊いたわたしがアホだったわ。というか、聞かなかったことにしたいわ」
メンバーが全員無慈悲な面子過ぎて目まいを覚える。今回の探索の異色メンバーが霞みそうだ。人間失格さん以下食屍鬼の面々もドン引きしているではないか。
「何が言いたいかというと、俺に取っちゃいつも通りやからお前さんもその辺は気にせず暴れてくれってコト。人間失格さんたちもガンガンぶっ飛ばしていこうぜ」
突入前の緊張をほぐすためにあえて自らの業を吐露しているらしい。
その心遣い、決して悪くはない。が、彼と関わると碌なことにならないのが嫌というほどわかって如何ともし難い。しかも彼には混沌の邪神が憑いている。
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