第122話 隷属解放の乱事件 共闘準備 その3

「敵はアルスカリやで。あいつら単眼種族は人間とかと違って可視光の範囲がもっと広いねん。キミら食屍鬼かて、人間でいうところの赤外線の領域を目で感知できるやろ? あいつらも赤外線域が見えるねん。紫外線域も人間より広く感知する」


 犬先輩の意見である。なるほど、種族間による可視光範囲の違いとくるか。

 人間失格さんは、そうなんですか……といささか気落ちした様子だった。それもそうだろう、彼は元は人間なのだから。人間の感覚でどうしてもモノを考えてしまう。


 それにしても物騒な話ではある。


 生ける炎の神、クトゥグァへの供物。きっとわれらが一族の彼女たちもその供物候補になっているはず。ああ、嫌に予感しかしない。わたしは嘆息した。それは、かの神性に捧げものをするためだけに、われらが同胞を供するわけではあるまい。


 優秀な司祭と、年月をかけて準備を重ねた魔術具を儀式に使えば。あの子たちの持つ魔力量なら、生贄としてすべてを絞り出せば旧支配者ですら召喚も可能だろう。ただし、喚んでしまえば、確実に地球は火の海に堕ちてしまう。バカじゃないの。


 わたしは司令塔兼ブレインの犬先輩にそっと目配せした。


「お前さんが危惧しているように、奴ら単眼種どもはクトゥグァを召喚しようとしている可能性が高い。攫ってきた奴らは基本的に生贄やで。捕らえた食屍鬼も同じく生贄や。せやからまだ生きてるはず。最悪なのは、この中に俺らイヌガミ筋が混じってるってことでな。あの子たち、宗家の近家として結構な魔力量を湛えてるから」


「それは生贄の他に、魔力タンクとしての役割も果たすって意味よね」


「せやで。二人合わせて、魔力量はまさにタンクローリーが一台分ってとこやなー」


 魔力量。世間の一般人をショットグラスの容量として、イヌガミ筋は基本的にバスタブほどの容量は持っている。咲子のような例外的に少ない容量の持ち主でも、一般的な洗面器ほどは持つ。そして攫われた二人の女の子たち。犬先輩の意見では二人合わせてタンクローリー級らしい。一般的にあの車両は一台で二万リットルの水量を運ぶ。前準備をきちんとすれば、召喚に必要なコストはこれで十分まかなえるだろう。


「彼女らが二人いたら儀式が捗るやろうな。それでかの神性の召喚を果たして、地上を焼き払いますってか。ほんで自分らは、地中に避難しときますってヤツで」


「そんなに上手くいくの? あの神性だと、地中もマグマみたいになりそうだけど」


「余裕でなるやろなー。上も下も大噴火。某熱血シュウゾウ氏もこれにはドン引きやで。となれば、その辺の対策も万全と考えるべきやろうなー」


 腐敗させた特殊部隊員の回収に行ったコガとオガワが戻ってくるのを待ち、わたしたちは人間失格さんの先導で安全と思われる経路を使い、問題の遺跡へ向かう。


 彼ら食屍鬼たちが騒ぎを起こしたため、遺跡近辺の警備状況はかなり厳重になっていると考えたほうがいいだろう。しかも追っていった四人がМIA(作戦行動中行方不明)であり、警戒しないはずがなかった。


 ただ、だからと言って焦るのは禁物。急がねばならない案件であるにしても。


 そもそも巨大神性を人如きの矮小な魔力で確実に召喚するには、やたらと手間のかかる、そして細微に渡る儀式が必要になってくる。

 一族で受けた神話技能教育が確かならば、年月をかけて前準備をきちんと整えるのを前提として、実地の儀式は開始から完了まで最低でも十日はかかるものだった。


 さらに、今回の場合は生ける炎たるクトゥグァの召喚であるため、儀式の地は必ずフォーマルハウトが地球の地平線上に姿を現していなければならない。


 今は師走、本来ならば先月の霜月行なうのがベターなのは言うまでもない。


 これは移動を続ける遺跡を、アルスカリどもが魔術にて捕らえるタイミングとの兼ね合いが上手くいかなかったものと推察する。これだけ巨大な遺跡を食い止めるのだから、手間暇を惜しまない前準備と魔術儀式を行なっただろうけれども……。





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