第121話 隷属解放の乱事件 共闘準備 その2

「……はい、こんなものかな。どう、まだ痛みとか違和感はある?」


「……す、凄まじいです。綺麗さっぱり、完全に傷が癒えてしまいました。なんとお礼を申し上げればいいか。ありがとうございます。本当に、ありがとうございます」


 トミエは感嘆し、一拍置いて感謝を深々と述べた。動作が古風な手弱女たおやめである。なるほどこの人は、完全に中身が女性だ。改めて私はそう思った。


「アンタたちには先に渡しておくわ。わたしの治癒はね、受けるとおなかがすくんだよ。はい、これ。ある人への土産だったけど、干し肉なら食べられるでしょう?」


 わたしは榛名のご当主への土産物にするつもりだった、テングのビーフジャーキーのパックを二人に一つずつ手渡した。……なんとなく視線を感じて振り返ると、響が物欲しそうに指をくわえていたので彼女にも一パック持たせてやる。


 二人と一柱は中身を開け、そして間髪を入れず、むむ、と呻った。


「気づいた? さっき思い出したのよ。アンタたちの体臭、それにそっくりって」


 人間失格さんたちの体臭は――、

 獣のニオイというよりはむしろビーフジャーキーの香りだった。 


 さて、その後。わたしたちは人間失格さんたちを伴って行動を開始していた。


 結局のところ、わたしたちはなし崩し的に食屍鬼と共闘体制を組んでいた。利害の一致と、それ以前に彼らからある程度の信頼を得ていたというのも理由になった。


 彼ら食屍鬼の証言によると、一か月ほど前にこの遺跡が十年ごとの定期移動を始めたとのことで、これにはある一定の法則があり、まるでブランコにでも乗っているかのように東、西へと大きく揺らぎながら地中移動を繰り返すのだそうだ。


 そして今回の移動は経験則上、本来ならば広島の辺りまで移動すると予測されていた。しかしその予測に反してがくりと途中で移動をやめた。彼らの体感では、なんらかの強い力で、無理やりに引き止められたような感覚だったらしい。


「で、様子を見るために出てきたら西成区周辺で、さらに様子を探るために日雇い仕事までしていたと。アンタ、よくやるね。地下鉄の怪人の噂が速攻で立ってたわよ」


「面目ない。接続先から出たところで、ちょうど地下鉄が通るとは……」


 今、わたしたちが向かっているのは、彼らが本来住処にしていた遺跡だった。


 五日前、彼らの本拠地は銃火器で武装した集団に突如として襲撃を受け、それは古鷹三佐の率いる特殊部隊、盾の会の面々だったのだが、不幸中の幸いにも探索を兼ねて日雇い仕事に出ていた人間失格さんたち四人だけは被害を受けずに済んでいた。


 襲撃を受けた際、仲間の食屍鬼たちが決死の想いで、彼らだけが分かる非常事態の符丁を送ったのだそうだ。それを受け取った人間失格さんたちは、すぐさま緊急事態用に確保していた遺跡部屋へと避難したとのこと。


 彼ら人間失格さんが率いる食屍鬼は十一人。


 符丁の内容は『武装勢力、人間』『拠点を奪われる』『拘束されている』の三種類で、残されていた七人の食屍鬼は自らの現状を端的に伝えてきていた。


 偶然に助けられた探索組の人間失格さんたちは、非常時に潜伏できるように用意していた仮拠点の一つに身を隠し、二日ほど息を殺した。


 西へ東へと振り子移動を繰り返す古代遺跡に、発掘ではなく明確な意図を以って襲撃をかけてくる以上、敵は必ず残存しているであろう戦力――この場合、運良く逃れられた食屍鬼たちの反撃を予測、警戒するのが自然だった。


 襲撃から三日目、潜伏していた彼らは行動を開始した。それは、敵の警戒も三日経てば少なからず緩むだろうと戦術予測してのものだった。


 併せて囚われた同胞の救出もしなければならなかった。


 彼曰く、同胞たちはまだ生きているとのこと。駆逐目的ならば、拘束などせずに初めから殺害しているはずだから。


 彼らは慎重に、奪われた自分たちの本拠地を、偵察する。


 人間失格さんたちを襲った武装勢力は、わたしたちが遭遇した迷彩服にボディアーマーを装備した兵士風であり、その実は政府の特戦部隊だった。彼らは四人一組で五分隊に分けられていた。いずれもよく訓練された、戦闘のエリートである。


 勝手知ったる遺跡内を慎重に進み、人間失格さんたちは何度も偵察を繰り返し、必要な情報を収集しようとする。そして、こういう話を盗み聞きしたそうだ。


「七匹の鬼どもも、生ける炎の神への供物にする。嬲っても良いが、絶対に殺すな」


 生ける炎の神とは、フォーマルハウトに棲む旧支配者クトゥグァの別名である。


 併せて彼の証言を聞く限り、盾の会は焔神会の新興宗教アルスカリと同盟もしくは下部組織のような立場にあるようだった。つまりこれはどう解釈すべきか。


 アルスカリは催眠術に長ける種族でもある。ならばそれを駆使すれば、人間社会に密かに潜り込んで生活するのも決して不可能ではない。幻術なども使えれば、もう人間程度なら怖い物などないだろう。つまり何が言いたいか。要は、政府の高官に化けるもしくは、操るなども、一定の節度を保てばそれは可能だということだった。


 そうして本日のこと。さらなる情報を得ようと、彼ら敵兵士の網をかいくぐって人間失格さんとトミエの二人で敵の手に落ちた拠点内部に潜入したのだった。


 長年に渡って遺跡に棲んでいた経験とその折に発見していた隠し経路を駆使し、おおよその見当で同胞が囚われているであろう拠点部屋へ向かったまでは良かった。


 内部には兵士とは別途の、得体の知れない十数人のローブの人影が。


 問題は、慎重に慎重を重ねていたはずの隠密行動が、その彼らにあっさり発覚されてしまったこと。なぜだ? わからない。どうしてバレた?


 人間失格さんたちは命からがらに逃走した。以降は、わたしとの邂逅へと続く。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る