第171話 ティンダロスの王、ミゼーア。その1

「――そうだね。その通りだよ。わが新しき花嫁ロリ妻よ」


 少し高めではあるが、典雅で落ち着いた雰囲気の声が返ってくる。

 なぜか副音声でロリ妻と聞こえたような気がするが、黙殺してしまおう。


「ミコト、この世界に呼ばれた時点で既に陛下はわたしの傍らにおられたの。だって見たでしょ? 巨大な手にわたしが掴まれたのを。あれ、陛下の手だから」


 ティンダロスにおける、もっとも強大な力を有する王の一柱。

 眠れる全能にして盲目白痴の魔王たる宇宙創造主アザトースの副王、ヨグ・ソトースと同等かそれ以上の力を有するとされる存在。


 そんな彼、ミゼーアは、凄まじい勢いで疾駆する震電をものともせず、わたしたちの前へ気さくにも姿を現したのだった。まあ、呼びかけたのはわたしだけど。


「――ショタっ子?」 


 思わずわたしは口を漏らしてしまった。

 震電の視覚から得て、そこからわたしの脳で再処理された視覚情報である。


 彼は純白のカッターシャツに漆黒の棒ネクタイをつけ、その上に空色のスーツを羽織っている。下は、なんと、半ズボン。しかも年端の行かない男の子が履くような。


「身体は子供、頭は大人的な……」


 見た目の年齢は、いや、この見た目と言うものは本当に当てにならないのだが、幼女邪神の響と同じ十歳前後に見える。あるいは、あの子よりも幼いかもしれない。


 まさかわれらが王がショタっ子だとは、欠片も思いもしなかった。


 しかしこの、母性と獣性を揺さぶる愛らしさときたら、一体どうしたものか。


 どうしよう。めちゃくちゃ可愛い。

 ぎゅっと抱きしめたい。そして額にキスしてあげたい。

 できればイケナイところをいじったり、フェラってあげたりしたい。

 彼にわたしの胸を吸わせたら、どんな気持ちになれるだろう。

 あと、ペニバンをつけて、逆に彼の菊門を優しくなんども突いてあげたい。


 わたしは唖然となった。いや、これはマズいっしょ。

 とりあえず、もう少しマシな所見描写をせねば。


 柔らかな金髪に鳶色の優し気な瞳。褐色肌の、あくまでわたしが抱いた印象ではあるけれども、パーツごとに最高の意匠を凝らしたが如く整った顔立ちには、どことなくオリエンタルな雰囲気を纏っているようにも感じた。

 二次性徴前の、いかにも幼い少年らしい、全体的に華奢な体躯。しかしそこに収まる強大無辺の魔力、その脈動は本物。彼我の力量差は、計測など不能とくる。


「ふふ、キミの母も同じセリフを言ったよ。よし、少し視覚を借りてみよう――おお、僕はこんな風に見えているのか。また随分、趣味に走っているね。ふふふ」


 そしてこの余裕である。

 ミゼーアは右手をこちらに向け、人差し指をくっと上げた。


 何かにガッチリと掴まれる感覚が。ほぼ同時に身体が持ち上がっていた。


 しがみつく美琴と咲子をあっさり振りほどき、彼は、わたしを、自らの傍にまで持っていく。そして、幼い子どもみたいに、ぱっと抱きついてきた。


「よし、では行こう。新しきわが花嫁ロリ妻よ」

「いきなり結婚式はさすがに性急すぎなのではないでしょうか……?」


 あっはっはっ、と快活にミゼーアは笑った。くるり、と振り返る位置に身体を持っていかれる。わたしと彼の足元には、絶望的に青ざめた表情をした美琴と咲子が、震電の疾走に吹き飛ばされないよう必死でしがみつきつつもこちらを見上げていた。


「そんなに畏まらなくていい。花嫁も、そして彼女の現地妻たちも」

「げ、現地、妻……?」


 いえ、美琴と咲子はわたしの妻ではなく、親友兼恋人ですが。ミゼーアの言動に胸の中で突っ込む。口の上では美琴と結婚などと約束してはいれど、それでもだ。


「僕のことはミゼーアと気軽に名で呼ぶといい。陛下や様づけなど面倒な敬称はいらないから。代わりにこちらも、キミとその妻たちを親しく名で呼ぼうじゃないか」


「では、ミゼーア」

「なんだい、タマキ」


「一応は把握してはいたのですが、こうなるとさっぱり状況がつかめません」


「うーん、まだ言葉が固いね。まあいいや、そのうち慣れるね。実のところ、僕はキミがここへ来るのをずっと心待ちにしていた。といって、一も零も等しく無意味な僕に待つなどは言外ではあれど、それでも気持ちの上ではね。ああ、嬉しいなぁ」


 言ってミゼーアはわたしの胸元に顔を埋めた。身長的に、ちょうどの場所だった。


「実は、タマキは単純に百度に渡る失敗を乗り越えてこの地へたどり着いたわけではない。巡る宇宙の、初めての出来事。もっと詳しく言おう。。それが、その理が。今、崩れ去った」


「……」


「大事だから、二度言うよ。。それをたった百の失敗で、覆してしまった」


 ミゼーアは言いながら愛おしそうに目を細めて、わたしの頬にキスをする。


「極東の三愚神、というネームバリューに心当たりはあるかい?」


「名前だけは。まったく新しい宇宙を創造する、最も旧く最も新しい、全能にして盲目白痴のアザトースを擁する、分派した『実数世界の副王ヨグ=ソトース』『始まりの女神シュブ=ニグラス』『嘲笑う混沌ナイアルラトホテップ』でしたっけ」


「もっと気軽に喋っていいよ。……ここで重要なのは、今度のアザトースは、眠ってもなく、盲目でも白痴でもないってことなんだ。目覚めている、理知的なアザトース。そして彼女が求める本当の愚神どもが、今回、やっと結成される」


「……それとわたしに何の繫がりが?」


「なんだろうねー? でも、四十二億の生と死を乗り越えた混沌が顕現体と、真なる意味での男女合一を果たした始まりの女神、あとは、あの忌まわしいアイツの存在がキミに影響を及ぼさないはずがない。キミは僕の寵姫、いや、妻の一人に加われるほどなんだから。キミは自分が思っているよりも遥かに重要な立場にいるんだよ」


 スケールが宇宙規模過ぎて、想像力がちっとも追いつかない。






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