第119話 隷属解放の乱事件 探索 その9

 そして、人間失格さん率いる食屍鬼たちは、現在――いや、現代に至る。


「――この後すぐ、遺跡は十年単位で起こる謎の移動現象を発露させ、徳島から東京へと移動しました。地中で何が起きているのか、粛々と移動するのですよ。どのようなテクノロジーによって働いているのかは未だわかりませんけれども……」


「なるほど」


「接続先は広大な敷地を持つ青山霊園でした。そこで、鬼に堕ちてなお強大な精神力で自我を保つキミタケ氏とヒッショウ氏と出会い、情報を交換、さらには私たちは夜な夜な外部へ出て、人が食べ残した食事を頂き、また、情報収集に勤めました」


「何を調べたの?」


「私がこの身にやつしてからの最古の記憶は、七十年前です。気づけば、闇の底のような遺跡の中で、ぽつんと一人で立っていました。その後、私と共に堕ちたトミエと再会するのですが……それはともかく、年月が過ぎるにかけてこの遺跡に一人、また一人と同胞が送られてくるようになるのです。現在に至っては十一人を数えます」


「うん、それで?」


「私たちは、屍肉を貪る、鬼。恥多き人生を歩んで来たがゆえに、死しては地獄へと向かうであろうことは生前より察していました。が、まさかこのような卑しき身に堕ちるとも知れず。しかし、それでも私たちは調べねばならなかった。この世界、アザトースの、世の理を。そして、その裏の奥底。あなたたちイヌガミの一族を」


「裏の奥底とは言い得て妙だね。実数世界のアザトース。虚数のティンダロス。それで何が分かったの。調べて何をしたいの。うちの一族に下手に触れると、ヤバいよ」


「私たちに記憶を取り戻させる食事をもたらした謎の人物、つまり『あなた』が知りたかったのです。いえ、正直に言いましょう。あなたは私たち十一人の鬼たちの英雄であり、また、反英雄です。それ以上に――ああ、違う。違うのだ。こういうところが、やはり自分は怪物なのだと思う。告白しましょう。私は、あの腐肉が、あの美肉が。もう一度、も、もう一度……ッ、た、食べたかったのです……ッ」


「混沌の邪神が、自分の思い通りに苦しんでいるアンタたちを見てどう思うだろう」

「面目ない……。きっと手を叩いて喜ぶことでしょう……」


 がっくりとうなだれる人間失格さん。


 しかし、こう言っては何だが、種族ごとの食糧事情である。

 人間は雑食だ。もちろん、基本的に人は人を食べない。

 食べる奴は異常者扱いである。少なくともわたしはそいつを人間と認めない。


 食屍鬼は肉食だった。もっと言えば、屍肉が食のメイン。

 食の範疇には人間の死体も含まれる。だって、彼らは鬼。化物だから。


「あの特殊部隊の腐肉、テイクアウトすれば? 求めるお肉がアレなんでしょう?」


「……良いのですか? 狂った美食を求めるこのは果たして許されるでしょうか」


「種族による食の問題でしょ。わたしはわたし。アンタはアンタ。わたしは人は食べないけどさ、牛豚鳥とかのお肉は大好きだよ。そりゃあもう貪り食うよ」


「はい……」


 いわば店で売られている時点で肉は死体の一部位であった。

 他の人が聞けば死体と食肉を一緒にするなと怒られそうではあるが、単なる肉として考えれば、究極のところはそういうことになる。


 それにしても、ここにいる食屍鬼たちは大変な業を背負わされたものだ。


 邪神ナイアルラトホテップ。

 わたしは犬先輩にピッタリとくっついて歩く、幼き姿の邪神を盗み見た。


「いや、ちゃうで。響は絶対に違う。この子の相は、関わってない」


 気づかれた。まるで出来の悪い妹を庇うように犬先輩はわたしの視線に応えた。響は、ちらとわたしを見て、歩きながらぎゅっと犬先輩の胸元に顔を埋めた。


「まあ、うん。アンタではないのはわかる。アンタ以外の、千の貌のどれかでしょ」


 ならばどの千の貌の顕現体がこのような無体な神々の遊びを仕込んだのか。いずれにしても今は考えても無駄だ。解決できる問題を優先すべきだった。






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