第21話 可能性世界(アナザーヘル) その2

 岩に腰かけている美琴は、まるで数キロ先を見るような目で上を向いた。

 レーベくんは彼女の胸に抱かれたままだ。しかしこの細長いイヌガミの意識も、すでに遥か上空へと向かっているはずだった。


 危ないのでわたしは美琴を後ろから抱き留めた。

 素直に預けられる身体。


 せっかくなので首筋に顔をやって匂いを嗅ぐ。彼女の髪から優しいシャンプーの香気が。しっとりと汗をかき、微かに感じる独特の体臭が鼻をくすぐる。

 これはこれで、心地よい少女の匂い。大人へと成長する、このときだけの匂い。


「女の子はたまらんなぁー。首筋ぺろぺろだよ。おっぱいも揉んでおこうっと」


 口ではふざけているようで、実はこのときのわたしにはある異変が起きていた。突如身体の、特に下腹部の付近がじわりと熱を持つのを感じたのだった。


「タマキよ。ミコトの意識が上に行ってるからって、そういうのは良くないぞ」

「いいじゃんいいじゃん。普段でこんなことしたら、そりゃあもう、大変だから。たぶんわたし、この子に耳元に心からの愛を囁かれて、全身キスされて、くまなく舌を這わされて唾液でびちょびちょ。気がつけば二人で貝合わせしてアンアン言ってる」


「いや、わかったから。うむ、お前の言う通り必ずやそうなるだろう」


「愛に性別は関係ない。しかもうちの一族ってLGBTには太古の昔から理解があるでしょう? 力を持つ者ほどその傾向にあるし。自分としてもミコトの想いには真摯でありたいのだけど……こうやって無防備にされると、イタズラ心も、また湧く」


「まあ、ひたすら胸を揉みしだく時点で真摯さがすべて台無しなのはわかる」

「あはは。だってわたし、可愛い女の子のおっぱいも大好物なんだもーん」


 軽口を叩きつつ美琴の胸をブラの上からまんべんなく刺激する。

 実は、本音では、わたしこそがしてほしかった。

 まあ、わたしの胸は……超がつくほど貧弱だけど。

 ちんまい母からの遺伝である。

 十年前に失踪した母は、外見だけは父が犯罪者レベルのロリっ子だった。


 だから、その代わりに。


 全身くまなく、愛撫、してほしい。イケナイところに指を這わせてほしい。

 なぜこのような淫らな気持ちになるか、一応の見当はついている。それでなお、ああ、下腹部がジンジンと熱を帯びている。こっそり弄っちゃおうかしら。


「……太陽は真上」

「うおっ、びっくりした。視覚共有でミコトが周辺の目星を立て始めたみたいね」

「らしいな。聞き洩らさぬようにせねば」


「怖いくらい青い空。見渡す限りの森……うーん、違う。林、かな? あれ? 森と林の違いって何だろう? 他は、草むらみたいなところばかり……」


 森と林の違い。それは自然にできた木の群生を『森』と呼び、人工的に作られた木の群生を『林』と呼ぶとか、日本の農林水産省では定義していた気がする。


「家とかビルとか道路とか、そういうのがない……ううん、違う。あるような、ないような、微妙な感じ。なんだか、作為的な部分が見られる。ここは、どこ……?」


「ある種の人外魔境的な地にでも降り立ったのかな。土佐の陸の孤島みたいな」

「ご先祖が住んでいた土地か。確かに公共交通の便は極悪だが、あそこはまだ人外魔境とまではいかんだろう。車さえあればある程度まではスイスイ移動できる」


「二十年くらい前まで民放が二局と、後はNHKのみだったらしいけど」

「しかも民放では笑っていいともが十六時半で、日曜日の夕方から起こる身体の不調をサザエさんシンドロームと言ったりするが、あそこでは月曜日の十九時だった」


「今はネットがあるからあんまり問題ないのかな? アマで注文した商品、お急ぎ便でちゃんと次の日に届くのかな? シロネコムサシの配達員さんも大変だねぇ」


「しかし不便な場所だからこそ味がある。何より狩りをするにはいい土地柄だろう」


 と、そのとき。

 美琴の身体がビクンっとはねた。


 彼女の形のいい胸を柔らかく揉みしだく、わたしのハンドテクニックに反応したわけではない。何か驚くようなものを見つけた所作だった。





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