第22話 可能性世界(アナザーヘル) その3
「あの山、おかしい……っ」
「おお、凄い発見でもした予感。でも、それはそれで嫌な予感なサムシング」
「やもしれん。タマキよ、傾聴するぞ。静かにな」
「どう見ても……あれは……あれは……その……」
わたしと咲子は顔を見合わせた。
彼女は何を見たのか。『あれ』とは先ほど呟いた『あの山』を指しているはず。異変でも起きているのか。最悪、今にも噴火しそうなのか。
「なーんか、やっぱし、超いやーな予感だよ……」
「しっ、ミコトはまだ何か喋るはずだ」
「雄岳と雌岳……よね……? なら、あの山をここから見て西と仮定して……」
わたしの、美琴の胸を揉む手が止まった。
意外だった。……否、表現の使い方が微妙におかしい。
なんと言うべきだろう、降って湧いた疑問だった。
雄岳と雌岳、だと? つまりふたこぶの山?
ただそれだけで、なぜ、その山の方向を、西側と仮定できる?
彼女は言葉を続けた。
「南西方向に、見たような三重塔が……ちょっと壊れている雰囲気だけど……ある」
向かいに座る咲子の目が泳いでいた。
彼女は、動揺していた。林の中、予想外に涼しい川べりにて、それにもかかわらず左のこめかみに浮き立った汗は目の横を通り、頬から顎へと伝って落ちる。
極度に緊張や動揺をきたすと、咲子は不自然なほど汗をかくのだった。
「もしかしたら、ううん、きっとそう……あの建造物は、国宝指定の三重塔……」
山のこぶを雄岳と雌岳と明確に表現し、建造物を国宝指定の塔と判断する。
わたしの中で渦巻く嫌な予感はどんどん加速して、今や最高速度だ。
美琴は、さらに報告を重ねてくる。
「ひょっとして、あるいは。わたしたちがいる場所は、葛城市、なの、かも……っ」
つまり美琴の言う『あの山』とは二上山を指しているらしかった。
二上山とはかの万葉集にも出てくる由緒ある金剛山系の一つで、葛城市の北西に位置していた。つけ加えて自分たち三人の住む地域では、二上山のお膝元となる真西に鎮座する最も親しみ深い山でもあった。
かの山の南西に見える国宝指定の三重塔とは、近世以前の建立で唯一日本に残る東塔と西塔を指し、起源は奈良時代にまで遡る当麻寺の歴史的建造物に相違なかった。
「……マジっスか。ここが葛城市のど真ん中って冗談キツイというか」
「で、あるか。う、うむ、そう、であるか……」
二人してさっぱりわけがわからない。
このような未開の地の如く広がる平地林が自分たちの住む街だとは理解を超えている。葛城市は、超巨大企業の桐生グループが惜しみなく資金をつぎ込み、そのおかげもあって、比類なき学園都市として発展し続けているのだ。
「わたしらの街ってさ、かつては一万人にも満たない寒村だったらしいじゃん。それが今は昔、最近では人口過密で地価が高騰しまくっているって話なのに……」
「市の中心に日本有数の大学を据え、その前段階となる高等学校も据えた。というより、元々広くもない土地に人口十五万人は多過ぎだろう。しかし旧き街の文化と、新鋭の科学力が余さず融合した非常に珍しい街でもある。発展せぬ方がおかしい」
「なら、サキ姉ちゃん。ミコトの発言をどう思う?」
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