第23話 可能性世界(アナザーヘル) その4

「榛名レンがわれら三人をどこかに移動させた。これは確定とする。だが、そのどこかとは、三次元的な座標点移動だけとは限らない可能性も考慮に入れるべきだ」


「つまりね、タマちゃん。わたし、思うの……」


 回答は咲子ではなく、美琴がまるでこちらの疑問に答えるように呟いた。

 ただ、彼女の喋りは独特で、可愛いのだがじれったいので箇条書きにしておく。


一、イヌガミには事象の変遷を、鋭角を使って自由に行き来する能力がある。

二、一般的には『時間』という概念を、鋭角を使って自由に行き来する能力である。

三、事象とは、河の水のように上流ミライから下流カコに流れる性質を持たず、点在している。

四、過去現在未来とは、頭脳があたかも連続体として認識した錯覚に過ぎない。

五、事象の変遷と空間は、光も通さぬ重力下では、その性質を交換し合う。

六、イヌガミは、事象を超え、空間を超え、観測者の意図に反する世界へも行ける。

七、観測者の意図に反するとは、かの盲目白痴の魔王アザトースに選ばれなかったという意味。

八、それは観測世界に対して可能性世界と呼称する。量子学的には並行世界である。


 美琴はふっと目を瞑った。安全とおっぱいモミモミのために後ろから抱き留めるわたしに、よりいっそう身体を預けてしなだれる態勢を取ってくる。

 ややあって、彼女は、目を開いた。そうして甘えの籠った表情でまるで猫のように頬をすり寄せてくる。にゃー、とか小さく口ずさむのを聞いた。


 ああ、この子、わたしに向けて誘い受けをしている。

 なんて卑怯で愛らしい表情をしているのだろう。


 そもそも猟犬の目を使っている間は、意識が完全に目のほうに行くと母から聞いた覚えがあったのだが。もしかしたら、彼女の胸を盛大に揉みしだきつつ、彼女の同性愛嗜好を受け入れる発言を何かの拍子で聞かれてしまったか。


 いや、しかし、それにしても、身体が。うーむむ。


 一瞬、わたしはこのままこの子を性的に『食べてしまいたい』欲求に駆られた。下腹部が微熱を持ち始めているのは以前書いた通りである。

 求めれば、彼女は必ず応えるだろう。むしろ率先して欲望に興じて打ち震え、逆にわたしが性的に『美味しく、存分に、食べられて』しまいそうだった。


 行きつく先は、貝合わせ。

 それもまた良きかなとは思えど、ちょっと堪えろ、わたし。


 何せ美琴によってもたらされた大きな疑問と、それらの解析が急務であった。

 さらにはわが性欲がどこからきているのか見当がついているが故の、ギリギリ堪えられるだけの気力を奮い立たせられたためでもあった。

 ショーツが湿って気持ち悪いのは、この場では我慢するしかなかった。


「以上の大まかな要点を踏まえると……宗家の使者、榛名レンは……わたしたち三人を可能性世界のいずれかに……送り込んだんじゃないのかなと思うの……」


 美琴はチャンスとばかりにわたしと密着したまま話を続けた。

 顔が、というより唇が近い。数センチもないところで甘やかに喋るので、妙な気持ちになるのは回避不可能だ。このまま唇を吸ってやりたい気持ちになる。





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