第90話 家族が増えるよ、やったね! その12

「――うひょっ」

「タマキよ、変な声を上げるな。もう少し女子としての自覚を持て」


「だってまさか首吊り自殺が見れるとは思わなかったし。てるてるだよ、てるてる」


「ピーターラビットのてるてる坊主……うふふふ」

「ミ、ミコトまで」


 今いる場所は、ウサギ用の天秤棒トラップを仕掛けた三つの地点の一つだった。わたしと美琴の率直な感想に、なぜか引き気味の咲子。素直に生きるとは難しいな。


「でもさー、サキ姉ちゃーん。どう見てもてるてる坊主じゃん。とある人狼ゲームだと、てるてる坊主は相談フェーズで吊られるともれなく勝利判定だってさー」


 そうとしか表現のしようがない。茶色の耳長小動物が、見事にワイヤートラップに首を引っかけ、宙に上がった天秤棒にぶら下がって事切れているのだから。


「思ってたよりデカい。しかもまだ温かい。血を抜いて内臓を取り出さなきゃね」

「美味しそう……何キロあるのかな……? 今夜はお鍋で決まりだね……?」


「う、うむ。お前たちはわたしより色々と強靭だな。羨ましいというか……」


 わからないことを言う咲子をよそに、さっさとウサギを回収する。


「酔っ払いと寝た子どもと死体はずっしり来るっていうけどさ、マジで重いよこれ」


 ニホンノウサギの体重は二キロ前後と聞く。が、持ってみるとどう考えてもそれ以上あるように感じる。これが命を頂く重みなのか、あるいはただ純粋にウサギが大きくて重いと感じているだけなのか。その両方なのか。イマイチ、わからない。


 次回はもう無理だろうけれど、せっかくなのでもう一度罠をかけ直しておく。

 少し場所を移動して、血抜きに入る。


「頸動脈を、ズバッと爽快」

「思い切りが良すぎて義姉としては却って不安がよぎるのだが……」


 その辺の蔓を引っ張ってきて後ろ脚に引っかけ、逆さづりにウサギの血を抜く。死因は脛骨骨折か窒息か、すでに息絶えているので流れ出る血の出具合は緩やかだ。


「サキ姉ちゃん、内臓は昔読んだサバイバル教本のやり方で取り払っても良い?」

「どんな手法なのかは知らんが、いや、まあ、お前のことだ。好きにしてみろ」


 血抜きのころ合いを見て、わたしは逆さ吊りのウサギを蔓から外した。


「必ずわたしの左後ろにいてね。でないと危ないよ、色々と」


 一応注意を喚起しておく。ウサギは下腹の辺りに深くナイフを入れ、半月状に切れ込みを入れる。後ろ足を第二関節で切り落としてしまう。そして――。


「前足を持ってぇ、ウサギをフルスイングゥ! うっしゃおらあぁぁっ!」


 バッティングセンターの時速百五十キロ球を打ち返すが如く、全力でスイング。


 遠心力で、切れ込みからはらわたがすべて飛び出していくのだった。


「よし、うん、綺麗に中身が飛んで行ったね」

「……」

「どったの、サキ姉ちゃん」


「お前の将来が頼もしくもあり、とても心配でもあり、如何ともし難い気持ちだ」

「えー? なんでー?」


 また、わからないことを言う咲子はともかく。


 わたしは中身の抜けたウサギの首根っこを、適当に目について切り落とした枝に手早く蔓で巻きつけた。これを肩担ぎに次の罠に向かうとする。


 三つあるうちの二つめにも、幸運にもウサギが獲れていた。

 これほどにもあっさりと獲物が獲れてしまっていいのか、少々この可能性世界における動物たちには慎重さが足りないのではないかと思ってしまう。もちろん、胃袋を満足させる食材が取れる分には大歓迎の万々歳なのだけれども。


「にしても、こいつはどうしたものかねぇ……。二人ともどう思う?」

「うむ。柴犬らしきものが一匹、不器用にもぴょこりぴょこりと跳んでいるな」

「この子、右後ろ足を怪我してる……。あの柴犬のパックの一匹かも……?」


「たしかミコトが索敵した犬の集団に一匹、足をヤッてる奴がいたんだっけ。なるほど、怪我のせいで獲物までのジャンプ力が足りないのね。むっふふふ、変なの」


 柴犬(?)は、天秤棒トラップで高く釣り上げられたウサギを盗ろうと飛び跳ねていた。わたしは笑いながらシャベルを構えた。咲子は弓をつがえる。


 パックで行動するなら、他の犬も近くにいるはずだった。


 当麻寺の一件で人はいないと見てはいれど、あるいは人間も近くにいるのかもしれなかった。美琴はすでにイヌガミを放っている。戦闘準備は万端である。


「……タマちゃん、タマちゃん。周辺には他の犬も人影もないみたい……」

「そうなの? 単独? 捨て犬? もしくは見捨てられた系?」


「いや、タマキよ。群れで行動する動物である以上、その可能性は低いはずだ」


「お、やっとこっちに気づいた。野生のわんこのくせに随分と鈍いんじゃない?」

「今思ったんだが、この犬とやら、ちと若輩過ぎる様子が伺えるな……」


「つまり若気の至りでパックからふらふら離れて、運よく餌を見つけたってコト?」

「やもしれぬ。加えるにこやつ、縄文柴ではないような気もしてきた」





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る