第91話 家族が増えるよ、やったね! その13

「じゃあ、ニホンオオカミとか……?」


「あるいは、な。いや、実物は博物館に保存された変わり果てたはく製でしか知らぬのだが。垂れ尾、体躯、顔立ち、ゴツい足。柴犬にしてはご立派様としか」


「本で読んだんだけど、柴犬って狼に一番近い犬種らしいよ。二位がチャウチャウで三位が秋田犬。でも本当に狼なら、ここまで人間に近寄らせはしないっしょ」


「うむ、む」


 犬なのか狼なのか、足に怪我を負っている謎の四つ足動物は、一人前にも牙を剥いてこちらを威嚇し始めた。だが決して向かってこようとはしなかった。

 当たり前である。自分よりも遥かに体格の大きな『動物』が、三体も相対しているのだ。大きさと頭数は、ストレートに戦力の差でもあるのだった。


「それで、どうするのだタマキよ」

「こいつも食材にするか、物理的な力量で追い払うか、あるいはもっとスマートに」

「スマートに……?」


 わたしはゆっくりとシャベルの下段の構えを解き、ぐっと腕を前に突き出した。


「支配魔術の結果そのものを意図的な魔力散逸にて極小に。展開、発動」


 指向性を持たせた魔術を発動させる。

 この応用魔術は、マキャベリの君主論を読んで閃いたわたしのオリジナルである。


 愛される支配者は臣民に舐められる。ならばどうすべきか。絶対的な恐怖を以って畏怖させ、そこから敬愛を得るのが正しいやり方だった。


「支配魔術の根っこは恐怖。だから魔術を意図的に不完全に発動させると――」


 唸りを上げていたは、びくりと体を震わせて、転がるように逃げて行った。


 ま、こんな感じかなーとわたしは浅く息を吐く。

 おおー、と二人から感嘆を受ける。

 悪い気はしない。


「アレが戻ってくる前にさっさと処理してしまいますか」


 釣り上げられた天秤棒トラップから首吊りウサギを回収する――までは良かった。


「すっごく遠巻きに、こそこそとこちらの様子を窺っているよ……」


 イヌガミの視覚共有を通して美琴が報告してきた。


「追い払っただけだからねー。狼って好奇心が強かったっけ。しかも幼獣だし」

「……ついてこられると厄介だぞ。送り狼の言葉もあるからな」


「うーん、モツを食べさせての満腹作戦かな。こいつらって内臓が好きだよね」


 これもまた本の知識に依る。肉食獣が獲物を狩って真っ先に食べるのは、内臓なのだった。美味しいのか、彼らにとって必須の栄養素があると知ってなのかはわからないけれども、とにかくそういうことなのである。


 話に沿って、鳥葬なる葬送法がある。亡くなった人間を鳥に食べさせて天に還す儀式的な埋葬のことではあるが、その際に葬送人たちは遺体の内臓部分を潰し、念入りにそれ以外の身体部分と混ぜるように処理するという。

 少々、いや、人によっては話になりそうだが、こうしないと鳥はだけを食べて、他の部分を残してしまうのだった。


「というわけでウサギの前足を持つでしょ。二人ともわたしの左後ろへ避難してね」


 わたしはミコトからおおよその場所を聞き、そこ目がけて全力ウサギスイングをする。ぶん、と勢いよく飛んでいくウサギの中身。目算通りの場所に落としてみた。


「近寄って匂いを嗅いで、こちらに警戒しながらだけど、食べ始めたよ……」

「上手くいったみたいね。じゃあ、次のポイントへ行こっか」

「うむ」


 枝にもう一匹括りつける。三つ目の罠は、さすがに空振りで終わった。


「じーんせいらくありゃ、らーくばーかりー」

「突然何を歌い出すのだ。ちりめん問屋のご隠居が激怒しそうだぞ」


 それでも二羽も手に入れられたのは僥倖だった。

 今夜はクレソンとセリとウサギの鍋である。綺麗に解体して骨髄でダシを取り、灰汁を掬えばあっさりと美味しいスープが出来上がるはず。

 さらにこれに焼き魚も加わる。米がないのが残念だが、それでもご満悦だった。


「……あのわんこ、いや、狼かもしれないけど。ついてきちゃってるねー」


 どんな勢いで食べたのか。変わらぬ吸引力などこかの掃除機みたいにわたしが投げ捨てたウサギの内臓を平らげて、くだんの幼獣は自分たちの後についてきている。


「完全に送り狼状態になっているな、どうしたものか」

「いずれにせよウサギを解体しないと。皮を剥いで、骨を取って肉を切り分けて」


「肉を包める大き目の葉があるといいのだが」

「どんな種類のがあればいいの?」


「里芋の葉が理想だ。芋も喰えるし。後はツワブキの葉も良い。これは薬にもなる」

「あー、さっき言ってた野草だっけ。で、ちょっとアレを見てくれ」


「こいつをどう思う、か。凄く、ツワブキだ。目ざといな。まとめて持っていこう」


 わたしたちはもりもりとツワブキの葉を採取した。


 内臓は抜いたとはいえ、ウサギはまだ皮を剥いでいない。

 哺乳類の中でウサギは手ごろな大きさで、しかも肉と皮は分離しやすいので狩猟初心者にはもってこいだと咲子はいうが。


 送り狼の縄文柴犬(?)を避けるためわたしたちは川べりまで一度戻り、さらに向こう岸へ渡ってしまう。川面の岩を、ぽんぽん跳んで渡る。水深は膝上くらいで、川幅も十メートルもないが、水流自体はそこそこ早いのだった。


 仮にあの幼獣が、わたしたちみたいに川中にいくつか顔を見せる岩を足場にするとしても、ある程度勢いづいて跳躍しないと水面に落ちる絶妙な距離にある。


 人間の機動力は群を抜いているが、動物が岩伝いに渡河するのはどうだろうか。おまけにあれは足を怪我をしていた。ふはは、ついてこれるなら来て見よ、なのだった。





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