第92話 家族が増えるよ、やったね! その14

「で、さっきのシカの現場に着いたんだけど……」


「放置した内臓は、まだ他の畜生どもに荒らされてはいないようだな」

「腸が超長い……うふふ……」


「今更だけどミコトもこういうの大丈夫っぽいのね」

「お料理を良く作るから、平気だよ……」


「そだね。ああ、ミコトの手料理が食べたいな。わたしのために一生作って欲しい」

「うん、作る……っ」


「だから一族間にいらぬ波風を立てるような発言はやめよというに」


 それはともかく。


 適当に切ってきた枝を先ほどのシカを裁いた建付けにセットし、そこに蔓で逆さ向きにウサギを吊るしていく。うふふ。食べ応えを感じて腹も減る。


 何度も書いているように内蔵はすでに取り払われているため、いきなり皮を剥ぐ工程に入る。最初に吊るした後ろ足の、くるぶしの辺りに丸く切れ込みを入れる。次に腹から喉にかけて真っ直ぐに切る。後は足から皮を引っ張って剥いでいく。


「スゲェや、日焼けの皮を剥くみたいにウサギの皮がするりと剥げる!」

「せめて服を脱がすようにと言ってやれ。奴にとっては一張羅だぞ」


「うっひょーっ」


「頭部と足手首は不要だから切断する。骨を断つのは一苦労だ。関節部分を探せ」


「ラジャ!」


「というか当たり前のようにお前がしてしまうのだな」

「だって、滅多にこんなことできないじゃん」


 頸椎と頭蓋骨の接続面を探し、そこに刃を入れて首を切断する。それはシカの内臓群の上にポトリと落ちて、転がることなく垂れた耳を晒した。打ち首獄門である。

 次いで足の膝関節を目安に刃を入れ、一本ずつ取り外していく。これも下の穴に放り込んでいく。サクサク解体、ポイポイと不要な部位は捨てる。


「上手いな。ではこれをツワブキの葉にくるんで持ち帰るとしよう」

「ういっス」


「タマちゃん、咲子お姉ちゃん、あれを見て……」

「んん?」


 今夜の大切な食材を葉でくるもうと用意していると、美琴が呼びかけるのだった。


「おっほ、沈没しかけているね」

「盛大に溺れているな」

「どうしよう……?」


 送り狼の縄文柴犬(?)が、右後ろ足を怪我しているにもかかわらず果敢にも川を渡ろうとしてそのまま流されていた。ヤツの何がそこまで掻き立てるというのか。


「にしても、あれはダメだね。土座衛門も時間の問題」


 ばしゃばしゃともがいて、もはや轟沈寸前だった。

 暴れれば暴れるほど溺れるのは水泳ができる者にしてみれば常識ではあれど、畜生にそれを求めるのは酷な話というものだろうか。


「まあ、助けてやるしかないか。その前に死んだらあいつも今夜の食材だけど」

「ではその間にウサギはわたしが包んでおこう」


「タマちゃん、それでどうやって助けるの……? 暴れているから危ないよ……?」

「こうするのさー。魔術行使、支配。わんこ、お前はソッコーで落ち着け」


 ぐっと腕を突き出して指向性を持たせた魔術を放つ。今行使した支配の魔術は本来的には言語を理解できるだけの知能のある存在にしか効力がない。

 しかし焔神会の魔導書に注釈で書き込まれていたそれは、負担する魔力が大きい代わりにかなり広範囲解釈で獣にも効果がある。


 その後に色々と試してみたところ、哺乳類、鳥類、爬虫類、両生類の辺りまで魔術に反応を示した。今回もうまく作用したようで、狼だか柴犬だかわからないソイツは動きを強制的に止めていた。わたしは手早く靴と靴下を脱ぎ、川に突入する。


「――はいよ、レスキュー完了! おっ、こいつ雄だ。ちんちんついてる」


 ざばりと肢体を持ち上げると意外と軽かった。十キロあるか、どうか。

 濡れ細った毛並みがこの獣の曲線を露にしていた。ただしそれは単純に痩せているではなく、非常に締まった四肢をしていた。


「耳がデカい。首が太い。尻尾も太い。これ、十中八九、ニホンオオカミだわ」

「単純な見た目は、縄文柴犬とそっくりなのだがな」

「まだ年若いからじゃないのかな? こいつ、一歳も行ってないと思われ」


 わたしは川から上がり、おそらくまだお子ちゃまの狼を降ろしてやる。


「支配が利いている間に、怪我してる足を治してやろう」


 支配魔術にて精神的に拘束し、濡れたままの狼の患部に手を当てる。


「魔術行使、治癒。痛いの痛いの飛んでいけーってね……よし、こんな感じかな」


「……助けたは良いが、そいつをどうするつもりだ」

「タマちゃんに優しく束縛されたい……」


 何やら妖しげな願望も聞こえたような気もするが、あえて無視をさせてもらう。


「あー、野生だからね。しかも犬じゃなくて狼とくる。人間と狼は三万年をかけて互いに良い関係を育み、その中から人と共存する犬と分派した。このまま、さあ腐海へお帰り、みたいなどこぞの王蟲みたく行くかどうか。どこまでもついてきそう」


「性格が狼から犬への過度期みたいな奴なのだな」

「図らずもね。食べ物をくれた。またくれないかな。みたいなスケベ根性だけど」

「えっちならわたしがタマちゃんと……」


 短期行使を前提にしたため支配魔術の効果にはおのずと制限がある。決めるのならば、早めに決めてしまったほうがいい。


 すなわち、逃がすか、殺して食材にするか、その他の手段を探すか。





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