第183話 エンディング。『フラグクラッシャーは、逆回しに舞い上がる』その2

「宗家から試練の話は聞いているわね。そう、。わかった?」


 ざわり、と全身が震えた。

 

 


 自身の主観での四日前、美琴の話では『試練が訪れる』と言っていた。

 つまりこれが、これこそが! このクソッタレな、魔女の質問なのだった!


「――ティンダロス式、縮地。併せるに、阿賀野流戦国太刀、虎切こせつ仇花あだばな


 あえて前もって呟き、わたしは榛名レンを、斬った。

 軍用シャベルで、喉元を、左右に流れるように往復させる。


 それは光よりも早く、事象の最小単位の十京分の一、その一枚一枚の事象の連なりの合間を縫って跳躍し、榛名レンをすでに斬り捨てたという結果に向けて疾駆する。


 幼少時から修めていた阿賀野流の奥義、かの佐々木小次郎が使った縦方向への斬り返し技、燕返しの横方向バージョンの『虎切』と、剣の柄をギリギリ端まで手を滑らせて斬撃を伸ばす『仇花』の二つを組み込んでみたが、どうもやりすぎたようだ。


 驚愕の表情のまま、榛名レンの頭部は、ごとりと床に転がった。

 一歩間をおいて、身体も糸が切れた人形の如く、両膝をつき、足元に崩れ落ちる。



 わたしは人を殺した。否。わたしは人を殺してはいない。

 榛名レンの首からは血の一滴も出ていなかった。


 つまり、これは――。


 ぱち、ぱち、ぱち。まばらな拍手が背後から届いた。


「大変、よくできました。さすがですね」

「き、金曜日の女神? ああ、そうか、今日は九月一日。金曜日だったか!」


 思わぬ闖入者にまず反応したのは咲子だった。

 難関校桐生学園ミスカトニック高等学校の夏季女生徒服を身に着けた、男子生徒。


 オトコのムスメと書いて、男の娘。

 見た目は非常に可愛らしい女の子にしか見えず、性質の悪いことに『見る』という行為の時点で人を狂わせる魔性の魅力を持つ美少年。APPは限りなく二十に近い。


 名を、愛宕恵一。二つ名は、咲子の言う通り、金曜日の女神フレイア


 男の娘、愛宕恵一はともすれば秒で気を許してしまいそうになる人懐っこい笑顔を湛え、耳にかかった栗色のロングヘアを自然体でするりと払った。


「で、おちんちんランドの愛宕くんがどうして黒幕なわけ?」

「こ、このたわけ者っ。タマキ、わたしの女神様になんて口を利くのだっ」


「サキ姉ちゃんはわたしの恋人。あの日、あんなに責められてヨガっていたのに」


「なっ、うおおっ、それを人前で言うか! こ、このっ、痴れ者ぉ!」

「今夜も気持ちよくなりたい? サキ姉ちゃんってポルチオで感じちゃうもの」


「ふふ。仲が良いですね。さらにそちらの白露さんも、時雨さんの恋人ですよね」

「そ、そうだよ! タマちゃんは、将来、わたしと結婚するもん!」


「それは何より。で、そちらの方は、ティンダロスの王、ミゼーア陛下ですね?」

「タマキはティンダロスにおける僕の妻だよ」


「はい、そうですね。まさに陛下のおっしゃる通りです」


 魔性も魔性、男の娘、愛宕恵一はニコニコと微笑んで、ぽんと手を叩いた。


 すると、ぬるり、と――が。

 ――が。


 なんてことだ。

 おわかりになられるだろうか。


 わたしは、二度、ここに『ぬるり』と現れた『モノ』を手記に書き込んだ。

 それなのに勝手に伏字が入る。どういう原理だ。あまりに理不尽な。


「この子は、僕の旦那さま。シャイなところが、またチャーミングでしょう?」


 金曜日の女神、愛宕恵一は言う。

 あくまで朗らかに、そして、異様なまで蠱惑的に。


 せめて形状だけでも書きたいが、すべて伏字になってしまうので諦めるとする。


「記憶にも記録にも残らないし、残せない。それはそういうモノだから。でも、素敵でしょう? ビロードのようにふわりと滑らかで豪奢、僕の神話上の旦那さま」


 言って女神は『それ』の頭部を撫でる動作をした。ゴロゴロと喉が鳴る音がする。


「――いやあ、すまんすまん。たとえ小便でもこの格好だと多目的トイレしか使えないんやが、あいにくと使用中でなー。順番待ちでちょっと手間取ったわ」


 変な関西弁を操りながら、榛名レンが――榛名レンが? どういう、こと? わからない。彼女は柴犬を連れて小走りに立体駐車場の自販機コーナーに入ってきた。


 床にはついさっき斬首された榛名レンが、マネキンみたいに崩れ落ちている。


「ほいさ。ハム太郎、もうええで。元の姿に戻れや」


 新たに入ってきた榛名レンは言う。

 すると、床の彼女はグズグズと蕩けていき――、


「ひっ? 何、これ!?」


 赤黒い、粘着質で不定形の、ゲル状の何かに変質した。これは、たしか。


「ショゴス? いや、こんな血溜まりみたいなショゴスなんて見たことないけど!」

「こいつは変種やねん。まあ、きちんと管理しているから大丈夫や」


「アンタのその喋り、どこかで聞いた覚えがあるような、ないような……」

「どこかってか、昨年の冬に一緒に探索したやんけ」


 ぺろり、と舌を出して2センチ角くらいのフィルムのようなモノを外した。

 後で知った話、そのフィルムから微量の電流が発されて声帯に干渉し、声色の調節をするらしい。端的に書けば、男が女の声を、女が男の声を出せるようになる。


「俺だよ俺。ほんで、このショゴスは俺のペット。名前はハム太郎」


「うおっ、なにその男の声!? 美少女から野郎の声!? キモい! というか、そんなオレオレ詐欺みたいな自己紹介すんな! 名を名乗れこの腐れ道化が!」


「いや、もう、俺が誰か気づいてて言ってるやん。口、悪すぎて草生える」


 女性の声色から一気に男のそれに変声してしまう。これにはかなり驚かされた。ボイスチェンジャーってレベルではない。映画とかで見るスパイグッズ並みだ。


 そして、この男の声こそ、アイツの声だった。

 そう、アイツ。笑う道化の――。




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