第105話 隷属解放の乱事件 導入 その3
当の銀髪幼女は、タブレットを手にどう扱ったものかと考えるようなそぶりを見せるや否や、あまねく手が揺らぐが如く――手品でも見るような、本当に何本もの手が生えたかと勘違いするほど滑らかで、それこそ遠慮の欠片もなく甘味から幾種類もの飲料、あまたの軽食など、タッチモニターをいじり倒して注文してしまうのだった。
「いいの? この子のこれ。埒外というか常識が足りていないというか」
「良くはないが、良いとしておく。後々にかけて、ゆっくりとでも躾をやな」
犬先輩は苦笑しながら清算用デバイスにスマートフォンを乗せ、専用アプリを通してのキャッシュレス決済を行なう。一体、どれほどかかったのやら。
ややあって、幾人もの店員が入れ代わり立ち代わり注文した商品をテーブルに並べていった。彼らは一見平然としているようで、その実、困惑気味なのは言うまでもない。何せテーブルの上にはこの店の全種類のメニューが運ばれたのだから。
「さて、と。お前さん、ここからは仕事の話やで」
わたしがレアチーズタルトをさくりとフォークで割って、口に運んだときだった。
どうやらこの男、わたしが食べる瞬間まで待っていたらしい。油断大敵。喰ったからには逃がさんぞというわかりやすい罠だった。あなや、してやられた。
「喜べ『佐世保の時雨』よ。お前さんの『不敗にして腐敗の姫君』『
「うわー、やっぱりそっち系の案件かぁ」
響はそんなわたしにまるで無関心で、口元をいきなりクリームでびちょびちょにつつイチゴパフェを頬張っている。セトはセトで犬用ジャーキーを咀嚼していた。
「そういえば幸恵さんも好きなんだよね。特にテングのステーキジャーキーが」
「榛名家のご当主さまやろ。今頃ヒルトンのスィートで大量の木簡文書と共にお前さんを待ってる。で、だ。逃避は無意味やねん。戦わなきゃ、現実と。ふははっ」
「ああ、もう。九十越えのおばばが入れ歯スタイルで豪快にアレを食べるんだよ」
「せやな。俺もアレはさすがに凄いと思う。やけど、お前さんも別な意味で強烈や」
「はぁ、アンタにはかなわないわ。つまり幸恵さんからの依頼なんでしょ、これ」
「イグザクトリィ。その通りでございます、ってヤツやで」
わたしは諦めを込めて深いため息をついた。
『佐世保の時雨』
『腐敗にして腐敗の姫君』
『
これらの別称は、避け得ないわたしの黒歴史でもある。
無心に甘味をむさぼる響よりも幼い六歳の時分、つまりまだ奈良県葛城市に引っ越す以前のとある出来事で、一族から字名を贈られたのだった。
内容的には、イヌガミ筋の系譜としては当然のことをしたまでに過ぎない。
誘拐されかけた美琴を助けるため、わたしは覚えたての魔術を行使して変質者の三人を半殺しにした。ただ、それだけのこと。逃走用なのだろう、彼らの乗るボックス車に幼女のわたしが単騎で逆襲をかけたのだった。
結果、変質者たちは生きながら全身が腐り爛れる地獄を味わう羽目になる。
その後、事件は警察に届けられることなく、われらが一族によって闇に葬られた。
「ことの発端は、お前さんに届いたあの手紙や。ほら、ミミズがのたくったような難解な手紙、貰ったやろ? 本来お前さんを迎えに上がるのは
「良い身分だなぁ。どうせこの子たちも泊っているのはヒルトンでしょう?」
「まあそう言うたるな。たまの旅行やんけ。気の置けない友だちと一緒に、な」
「そうなんだけどさぁ。わたしもミコトとサキ姉ちゃんとでお泊りしたいなぁー」
と、口にしつつも誰か格好良くて優しい男とお泊りするシーンを思い浮かべたり。
わたしだって思春期だ。異性にも関心がある。女の子同士も悪くないけれど。
さて、ここからはしばらく地の文で書いていこう。
別にやっかみでこうするのではないとあえて宣言しておく。確かに羨ましくはあるが、その後の彼女らの境遇には同情を禁じ得ないのだ。
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