第75話 貪り喰え、腹を満たせ乙女たち その1

 洞穴の中は、変わらず奥から吹き抜ける涼しい風のおかげで非常に快適だった。


 わたしたちは、笹の葉茶を啜りつつ、鮎が焼けるのをまんじりと待っていた。


 豪勢に行くぞと、簡易コンロ前面に十二の串刺し鮎が並んでいるのだった。


 この鮎、一匹当たりいくらするんだろう? などと考えてしまう。

 竹を加工して棒にしたダースの焼き魚。遠赤外線でゆっくりと熱せられ、ときおりパチリと小さく薪が爆ぜる。醸し出されるいかにもな風情が小憎らしい。


 腹が、ぐううと空腹を訴える。それはもう、恋しく切ないほどに。


 焼き魚そのものは、専用のグリルで調理したほうがきっと味は良いはず。ただ、この野趣溢れる焼き方が、なんとも言えず独特の雰囲気を醸している。


 人は味覚のみで食を楽しまず、他の四覚、視覚聴覚嗅覚触覚も使って味わう。


「となると、そうか、そっかー」

「なんだ、どうした」

「大丈夫だ、問題ない。一番良いものを頼む」

「……お前の頭の中がどうなっているのか一度見てみたいぞ、まったく」


 なるほどそう来たか。わたしの中で考えが閃いた。それならば、そうしよう。

 いきなり食事風景から入るのではなく、調理過程も手記に書くべきだと思うのだ。


 というわけで、下準備から記していこうではないか。


 手始めに、川面につけたままの魚籠の中に手を突っ込む。その中で魚体を軽く洗浄してやる。当たり前だがまだ鮎は生きている。暴れるので逃がさないよう注意する。


 それが終わったら、一つの魚籠に魚を集める。今回は十二尾。十分な数だ。


 鮎を取り出し、ナイフの背の部分を使って尾から頭へとヌメリをこそげ取る。もう一度川の水で洗浄を。後はエラから肛門まで開腹し、内臓を除き、血合も除く。


 ここまで下準備を済ませたら拠点の洞穴へと持ち帰る。

 咲子はろ過をした水を鍋に汲み、鮎の入った罠魚籠はわたしが持ち運ぶ。美琴は周囲警戒を担当し、三人は油断なく帰着する。


 弱火にしていた簡易コンロに燃料の枝と薪を注ぎ足す。鍋をコンロ部に置き、湯を作る。わたしは予め作っておいた四十センチほどの竹串にて、串打ちにしていく。


 鮎と言えば、うねりを持たせた上品な料亭スタイルを思い浮かべるかもしれない。

 が、現在のわたしたちはサバイバルなアウトドアを強いられている。


 なので見た目の良さなど、あまり考慮に入れない。鮎のエラ部分から串を突き立てて、背骨を螺旋状に巻き込むように肉を突き刺していく。豪快な一本刺しである。


 調味料の中で、塩は一袋丸ごと家から持ってきていたので特に豊富にある。

 魚全体に塩を擦りつけ、特にヒレと尾には忘れず飾り塩をする。たっぷりとつけるのだった。これをしないと、せっかくの鮎が焦げついてしまう。


 後は焼きに入る。アウトドアでよく見るあの焼き方だ。


 まずコンロの火力の調整から入る。

 薪を丁寧にくべて、火の当たりにムラが出ないようにする。燃える炎に掌をかざす。手がギリギリ熱に耐えられる距離を探すためだった。


 その距離感を忘れずに、火に対して扇状に等間隔で鮎串を地面に刺していく。


 焼き魚は強火の遠火が基本である。焼く以上、気持ち的には火に近寄せたいのはわからなくもない。しかしそれをすると外はコゲコゲで中は生焼けになりかねない。


 強火の遠赤外線で、じりじりと、二十分から三十分くらい待つ。咲子曰く、海の魚は腹から、川の魚は背から焼いたほうが良いらしい。


 鮎に塗りつけた塩が浸透圧で腹から中の水を垂らしていく。この水分は魚の生臭みを含んでいるのでどんどん垂れるに任せてしまう。


 背と腹の向きを変えるタイミングは、魚の皮をよく見て、乾燥を確認した時点で一度だけ行なう。何度も回転させるのはNGだ。ムラムラしながら待つべし。





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