第165話 さくばんはおたのしみでしたね その2
「シシを喰ったらシカなんて喰う気がしないって、とある漫画の猟師が語っていたんだけどさ、あれって本当を書いていたんだねぇ。旨すぎて食が止まらないよっ」
「まあ、そうだな。シカ肉は基本さっぱりしていて、シシは脂肪の分だけ濃厚。とはいえわたしとしてはエクササイズのために低脂肪高タンパクなシカ肉も好みだが」
「ダイエットに、効果あるの……?」
「熱量消費を促進させるには、運動と良質のたんぱく質が必要になるのだよ」
「それでこんなに流麗に絞まったエロボディラインで、しかもけしからん乳へと」
「乳は余計だぞまったく……」
「昨日散々わたしのぺたんこおっぱい吸ったくせにー」
「あ、あれは……お前だって吸ってそして谷間に顔を突っ込んで、ぱふぱふとかしていたから……。わたしは、その、なんだ。シンデレラバストに憧れるのだ……」
「タマちゃんのおっぱいって、なんだか妙に、そそるのよ……っ」
「ああ、もう、恥ずかしいって! 昨晩なんて二人ともガッつくんだもん。おっきな赤ちゃんが二人できちゃったみたいでさ、まるで二児のお母さんだったよー」
どこを間違えたのか昨晩の赤裸々な話に移行してしまった。しかし男が近くにいない女の会話など、あけすけで、おバカで、スケベなのは通常運転の内である。
食後、少し休憩を挟んで満腹狼の震電に命じてかつての仲間を呼び出させた。
狼の遠吠えと言えば個人的には月夜のイメージがあるが、実際のところは意思伝達のために使われるので昼も夜も関係なく、必要があれば彼らはいくらでも吼える。
成長途中の狼とは思えないほど、震電も綺麗な声色で遠吠えをする。
おおおーん、おおおーん……。
わたしたち三人はそんな野性味溢れる震電の姿を目で愛し、耳で聞きほれた。
やがて。
「狼たち、警戒しながらもこっちにくるよ……っ」
斥候に出している美琴のイヌガミが狼のパックを発見したようだった。
「用意したイノシシの肉にちゃんと気づいているかな?」
「大丈夫だろう。奴等こそ鼻が良い。呼ばれた時点でその意図も解しているはず」
咲子は言う。わたしたちは前もって、少なくとも百メートルは距離を取った上で解体途中のイノシシ肉を狼のパックのために放り出しているのだった。
「一匹がイノシシに。ニオイを嗅いでるよ……。あっ、こっち見た……。あれれ、わたしのイヌガミに気づいている……? 仲間も来た。四匹連れみたいだね……」
元は五匹で一つのウルフパックだったわけか。
「口に咥えて引っ張って、わたしたちから離れようとしている。こちらに警戒はしているけれど、肉は受け取るみたい。よかったあ……」
「手切れ金ならぬ手切れ肉にしてはちょい少ないけどね。なんにせよ最初は彼らも獲物としてあの母イノシシとウリ坊を狙ったんだ。肉の相伴に預かる権利はある」
林のどこかへ完全に姿を消したのを美琴が確認し、ほっと息をつく。
がんばった震電には頭を撫でて褒めてやる。よーしよしよし、よーしよしよし。
いい子だ。ホント素直でいい子。
彼も褒められて上機嫌で、まるで犬みたいに尻尾を振ってわたしの顔をぺろぺろと舐めてきた。
肉の処理も終わったので、次は水浴びに向かった。
さくばんはおたのしみだったのである。詳しくは書かないが、物凄い良かったとだけ。イノシシの解体にかいた汗も一緒に流して、身綺麗になろうと思う。
いや、わたしがその後やらかそうとしている内容からすれば、これはイヌガミ筋に連なる者としての、ある種の禊のようなものと考えたほうが良いのだが。
「今日は、わたしが二人を洗ってあげる」
「洗いっこじゃダメなの……?」
「んー、今日だけはね。だから終わったら、洗ってくれるかな?」
三人とも一糸まとわぬ姿になり川の中に足を踏み入れる。少し水が冷たいがまだまだ許容範囲だろう。わたしは彼女たちを順番に、桶代わりのボウルで、慎重に肩口に水をかけた。そして両手で、ゆっくりと丁寧に、その身体を清めていく。
二人はそんなわたしから何かを感じ取ったのだろう。目を閉じて動かず、こちらのされるがままにいてくれた。
「……はい、これで完了。もういいよ、目を開けて」
結構な時間をかけ、二人を、余さず清めた。
「全身くまなく洗われちゃった……もう結婚するしか……」
「そうだね。首から下、胸も、背中も、オンナノコも、太ももも、足の先までもね」
じゃあ次は二人ともお願いねと交代する。
頷いた彼女たちはわたしの身体を、同じく触れない場所はないほど丁寧に清めた。
そうして、下着をつけて制服を着、拠点へと戻る。
おそらく、咲子はもしかしたら気づいていないかもしれないが、未来の当主たる美琴は幾度も経験したであろう儀式前の、ある種の禊だと気づいているだろう。
しかし今はまだ、黙ったままでいる。卑怯者のわたしをどうか免じてほしい。
意味はほぼないが、拠点の後片付けをする。
当初、自分たちが持ってきたものをカバンや袋に詰め直す。簡易コンロは蹴り崩して、灰は足で軽く地面に慣らすようにしてしまう。竹の出入口と竹のベッドはそのままにしておいた。バラすと、また、汗をかきそうだから。
そうして準備を終えたわたしたち三人と一匹は、洞穴から出て背伸びをした。
「タマキよ、そろそろお前の計画を聞かせて貰わないと先に進めぬぞ?」
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