第71話 罠狩猟とボンクラ女子高生 その2
わたしにはさっぱりわからないが、咲子にはちゃんと見えているらしい。明確に指先で線を作り、獣道を指し示しているのだった。
ともかく、わたしはニッパーでワイヤーを言われたように切っていく。
「できたよ。それでどうするの」
「捕まえた獲物を奪われるのは腹立たしいし、何より腹が減る。そうだろう?」
「まあ、うん」
「なので日本の罠狩猟法に反する方法で獲る。天秤棒スネアーを作成しようと思う」
それは引っかかった獣を、地上より高く持ち上げて首吊りにする狩猟法だった。
そうすることによって、他の獣に横取りされる確率を下げる狙いもある。もちろん咲子が今しがた言ったように、この狩猟法は日本では禁止されている。下手をすれば人間を縛り首にしてしまいかねないためだ。その辺り、良く留意して頂きたい。
「まずは木の枝を一本と蔓を用意する。タマキよ、あの木の枝を切れ。大体二メートルくらいの長さでな。わたしはあっちの木に良い感じに巻きついている蔓を取る」
言われたようにする。シャベルに簡易魔力付与をかけてノコギリ部分でギコギコと切り取ってしまう。ついでにさらに分化した細い枝も除いてしまう。
咲子はするりと木に登って巻きついた蔓を外していく。ノーパンなのでときおり彼女の尻が覗いていた。ああ、良い眺めなのじゃあー。
「ねえねえサキ姉ちゃーん、スカートの中身がモロ見えだよー」
「そういうお前だってしゃがんだときに向かい正面にいれば見えてるぞ」
「咲子お姉ちゃん、それ言っちゃダメなの。せっかく堪能していたのに……」
「む、む。そうか、これはあいすまぬ」
「タマちゃんの可愛いオンナノコがちらりちらりと見えて、わたし、うふふ……」
「ミコトは今回の試練で成長というか、こう、色んな意味で伸びているよねぇ」
「だって、タマちゃんのこと愛してるもん。初めても捧げちゃうもん……」
「お、おう。まあわたしもミコトのこと大好きだけどさ」
イヌガミを使役する副作用で自制リミッターが外れている美琴は絶好調のようだ。
愛はお金で買えないけれど、
脈絡なく、二十年昔のアニメソングをもじったセリフが脳裏を巡る。
有償は限りがあるゆえの安心を添える。
無償の愛は、重すぎる。
でも愛って素敵。
某聖帝様(イチゴ味じゃない方の)は、無償の愛に押し潰された。
それはともかく天秤棒スネアーの作成および設置である。
構造はごく単純で、初めに適当な木に蔓で横に先ほど切った枝を取りつける。可能なら巻きつける木の側の枝を支点にするとより作業が楽だ。
次に今しがたの枝の、狙う獣道側にワイヤーを巻きつけて固定、絞首台のロープを簡単にしたような形を作る。これがワイヤートラップの中心部だ。実際、獲物は首吊り状態になるのでこの表現で間違いない。ぶらーん、
ワイヤートラップにはトリガーもつけておくことを忘れてはならない。適当な木の枝でいいので二個用意して、鉤状にナイフで加工する。
そして一つは地面に刺す杭に、もう一つはワイヤーのトリガーにする。
最後に設置した枝の向かい側、つまりワイヤーをつけなかった端っこに蔓で三、四キロ辺りの石をがっちり巻きつける。これで完成である。
後はワイヤートラップを獣道に――咲子曰く、本来はワイヤーは十日ほど川に漬けて金属臭を落とすべきらしいけれど、どうしようもないので諦めて紛れ込ませる。
狙う獲物はニホンノウサギである。
体重は二キロ前後、大きさは大体五十センチ。
夏場は赤褐色の体毛で覆われ、冬場は白い体毛に覆われる。
こう書けば意外と食べ甲斐がありそうに思えてくるが、安全のため内臓はすべて取り除き、さらには骨も除くので可食重量は全体の四分の一と考えたほうが良い。
肉は赤身で味はヘルシーな高タンパク低カロリー。わたしは肉が好きだ。肉食系の乙女である。唾が口内に溢れてくる。実に楽しみだった。
「で、このキルゾーンに獲物が突っ込むと、反動で固定されたトリガーが外れてもう片方の石の重さでボーンと持ち上がり、絞首刑が完了するわけね」
「有り体に言えば、な。罠の高さが、他の捕食者に横取られるのを防ぐ狙いもある」
「咲子お姉ちゃん、これ、どのくらい設置するの……?」
「人間がいないなら比較的獲りやすかろう。ウサギを捕食するのは狼や犬や狐で、人間は警戒対象に含まれにくい、という意味でな。ならばこの罠に対する警戒も低いと考える。まあ、そうだな、三ヶ所もあれば十分だ。なんせ獲り過ぎても保存手段に困る。たとえ干し肉にするにしても、現状ではちょっとな……」
「暦では秋でもまだ暑いし、冷凍庫があれば別だけどね。頑張って設置しよう」
話し合いの結果、そういうことになった。
次の設置場所を求め、わたしたちはゆるゆると移動した。
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