第140話 隷属解放の乱事件 救出劇の後で その5
犬先輩の言いくるめと説得に負けて召喚の儀式に入るのだが、参考テキストとして使用したのが牢獄へ向かう合間に借りてきた『黄衣の王』だった。
文面の一部を改変すれば召喚の詠唱に使えるのである。犬先輩は犬先輩なりに、魔術をわたしに教えたいという意図があるらしい。
そうして、犬先輩の明らかに変な関西弁イントネーションで化身体のハスターが召喚されたわけだが、まさか、やってきたのが――。
「もう、アタシったら待ちくたびれちゃったわよぉ」
でっぷりと豊満で、デラックスな体つき。
豪奢かつ黄色いドレスの、オネエな黄衣の王だった。
ドッと疲れがこみ上げてくる。
ハスター、黄衣の王、とくれば痩せ細った老獪な賢者の態を想像していた。
この、コレジャナイ感を一体どうしてくれようか。
いや、しかし。
不可思議な所見になるけれども、全体的に豊満ではあれどそれはそれで綺麗に調和がとれていて、何より目元がつぶらで独特の愛嬌すら湛える凄まじさときたら。
さすがは名伏し難き者。表現に困る姿での、堂々たるデラックスな召喚である。
「うふふ。見つめてるアナタ、とっても可愛いわ。アタシの
若干引き気味に彼女(?)を眺めていると、モロに目が合ってしまった。
「あ、いえ。偉大なる神性に敬意は払いますが、これでもイヌガミの一族なもので」
「あらあら。ミゼーアのお気に入り? あのヨウジョスキーなら逃すわけないか」
ミゼーアは他の神性からすればそういう扱いなのか。
しかし聞き捨てならないことを聞いてしまったような気がする。ただ、いずれにせよ、お気に入りは母であってわたしではないはず……だと、いいな。
「まあいいわ。アナタの潤沢な魔力のおかげで安定してこっちに来れたし。お肉もたくさんあるようだし、何か、願いごとがあればかなえてあげなくはないわよ?」
「ええと、わたしってミゼーアのお気に入りたりうるのですか? もっと凄い合法ロリというか、永遠の幼女的な。わたしの母こそがお気に入りのはずなのですが」
「アタシはアナタのお話をしたの。そこのロリコントンよりも好かれるでしょうね」
ロリコントン? ロリコン、トン? ああ、ロリ混沌か。誰が上手いこと言えと。
「それで願いごとは、何? 言ってみてちょうだい?」
「はい。では、実は肩車のロリ混沌ちゃんが少々失敗をいたしまして。なのでわたしたちが吹き飛ばない程度で、かつ、摂氏四十度から五十度くらいの温風を背中を中心にお願いできませんか。乾かさないと、風邪引いちゃいそうなので……」
「……アタシ、色んなヒトからお肉を代償に願いを聞いて叶えてきたけれど、まさか首から背中へ漏らされた小水を乾かしてくれだなんて。意外過ぎてウケるわぁ」
笑いつつどこから出したのか扇子を広げ、わたしたちを温風で扇いでくれる。繊細にコントロールされた、気持ちのいい風。あっという間に小水は乾いた。
その後、彼女(?)は大阪ミナミの街に消えていった。
後日犬先輩曰く、ニンジャさんこと良司がたまに用心棒のアルバイトをしているオカマバーでナンバーワンの地位を確立しているとのこと。どこから聞きつけてくるのかさっぱりだが、ハスター系列の信者がお布施がてらに遊びに来るというが……。
これにて隷属解放の乱事件と、その事後処理も一通りは終了となる。
ただ一つだけの、大きな謎を残して。
去り際に、わたしは見てしまったのだった。
礼拝堂の隅で、まるで貴族然としたスーツ姿の、褐色肌の長身の男を。
あの響ですら気づかないのに、どういうわけかわたしだけ彼の存在を感知した。
なんだ、アイツ。スカしたクラバットの。いつの間に。違う。いつから、いた?
わたしは警戒を高める。違和感しかないのだ。この場にそんな人物がいるのは。
根拠はまったくなく、今頃になって直感に頼るのもどうかと思う。
だが、あの不審人物こそ、今回の事件の首謀者ではないかと思い立ったのだ。
――イグザクトリィ。われこそは南條公平の人生プロデューサー。
なんと不審人物がこちらの思考を読んで返事を送ってきた。
ならば、聞くしかあるまい。
――アンタ、わたしの勘だけど、ナイアルラトホテップの千ある顕現体の一つね?
――ご明察。
――どうしてうちの一族の者に手を出す。顕現体の身ではティンダロスは重いわ。
――答えられませんな。
――あいつが何をしたっていうの。次世代のアザトースの暗殺でも目論んだ?
――答えられませんな。
――なら、質問の方向を変える。同じ混沌の響が、なぜアンタを察知できないの。
――あれなるは千あるうちの出来損ない。ワン・オブ・サウザンド。
――なるほど。無邪気こそ最も邪悪。異端児。悪意こそのアンタたちの例外か。
――ふふふ。そのように受け止める方も、おられるようですな。
――わたしは時雨環。アンタ、その顕現体での名前は? 覚えておいてあげる。
――現状、こう名乗っておりますよ。鈴谷孫七郎、と。
もはや話はこれまでと、千ある混沌の貌の一つの彼は胸に手を当てた仰々しい挨拶をわたしに手向け、そうしてふっと消え去った。
肩車にした響は怪訝な様子で、どうしたのお姉ちゃん。早く帰ろうよ。と、彼女は同一存在に気づかないまま声をかけてきた。
この場を去る間際、鈴谷孫七郎はわたしへ囁きかける声色で、何かを伝えてきた。
――オツカレ、サマ、デシタ。
と。お疲れなのか、お憑かれなのか。それを解するのはもう少し後となる。
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