第139話 隷属解放の乱事件 救出劇の後で その4

 話をまた戻して、くだんの乱事件の後始末を如何にするか、からだった。


 祭司、通称ほむらさまとやらによる自らを生贄に捧げる行為によって、生ける炎たるクトゥグァは召喚された。が、すかさず犬先輩のイヌガミであるセトが、少女の姿で顕現した炎神の上半身を喰らってしまう。あの程度では本体こそ死なないが、ワンパンは確実だった。人間で言えば、窓から顔を出した瞬間に殴られた感じか。


 残された下半身は姿を保てずに炎の柱に代わり、やがて焼失霧散してしまう。これでひとまず問題は解決した――のだが、同時に新たな問題が浮上してきた。


 召喚陣には還元されたクトゥグァの下半身を構成する魔力の影響も加えて、のっぴきならぬ量の魔力が残される羽目となっていた。具体的には、小学校低学年用の浅いプール一杯分くらい。実に十万リットルもの魔力量が無防備にたゆたっていた。


 これがタライ一杯分とかイヌガミ一族の平均魔力量でもあるバスタブ一杯分の魔力なら、放っておいてもやがては蒸散し、いずれ無害化するのであまり心配はない。

 得体の知れない神話生物が勝手に召喚されたりいくらか強化されたりもするが、所詮は小規模。街の一ブロック程度の被害ですむ。機動隊でも出せば対処できよう。


 だが、しかし。


 炎神召喚という現状を鑑みるに、下手をすれば大量のヤマンソが、勝手に陣を通して現れかねなかった。その数は百や千ではない。最低でも万単位だ。少なくとも関西圏が丸ごと焼け野原になるのは間違いない。なんて自然環境に悪い展開なのか。


 ヤマンソはクトゥグァと同じ炎の精ではあれど、かの炎神とはまた違うベクトルで危険な存在で、人類を根絶レベルで敵視する神話生物だった。動物で例えると、タスマニアンデビル。いや、大抵の神話生物は人類に敵対する存在なのだが……。


「つうわけで、アレや。お前さん、呼びたい神性とかおらんか?」


 わたしと同じく二柱に分かれた響を肩車にする、犬先輩こと南條公平が尋ねる。


「……。ちょっと何を言ってるのか、わからないわ」

「混沌の神さまの幼女一番搾り、聖水プレイを楽しんだやろ?」


「ぶん殴るわよ。呼びたい神性と関係ないじゃん。あと、失敗しちゃった子に、そういう茶々入れはしちゃダメ。この子だってしたくてしたわけじゃないでしょうに」


「あー、これは手遅れか。響にごっつ甘くなってる。ほんなら、まあ、せやな。良い機会やし、俺の知り合いでそろそろ降臨したいって希望してる神性でも呼ぶか」


 本当に何を言っているのか、わからない。

 知り合いの神性とは一体なんなのだ。常識がブレて見える。


「俺はクトゥグァ召喚陣を消して新しいのに書き換えるから、その陣の構成をつぶさに見ておいてくれ。なんでって、勉強やで? お前さんほどの魔力持ちなら大抵の神性も無下にはせん。見取り稽古っていう言葉があるやろ? 見て覚えてくれや」


「どんなのを呼ぶ気なの。あんまりおぞましいものとか、嫌だからね」


「ここに単眼巨人の死体がようけあるやろ? かの神は肉が大好きや。ありとあらゆる肉が好き。お前さんは食屍鬼の皆さんに要請して、アルスカリの死体を俺の前に持ってこさせてくれ。そしたら俺は、風の精たるハスターをここに呼び込む」


「あー、あの神性ね……」


 アルデバランの星の一つに棲むと言われる巨大神性。

 旧支配者。おぞましき邪悪の皇太子、名伏し難き者、名づけざる者。

 顕現体としては、黄衣の王と呼ばれる存在が、魔導に触れる者には有名だろう。


「確かに、かの神は肉を用意すれば、比較的人類に対してマシな神性だけど……」


「心配すんな。呼ぶと言ってもさすがに本尊召喚とちゃうから。化身のほうや」


 なんでそんなのと知り合いなの。と、ツッコミが喉まで出かけて止まった。

 わたしの肩には最強にして最狂の混沌の神の顕現体がいる。


 つまり、そういうことだった。


「犬は犬を呼び、猫は猫を呼ぶ。金持ちは更なる金を呼び、貧乏人はずっと貧乏のまま。ファッキンシット。そうして神は、神を呼ぶ、か。ああー。もう考えるのヤメヤメ。人間失格さん、トミエさん、ここにアルスカリの死体を集めてほしいんだけど」


「は、はい」


 バタバタと元文豪とその愛人コンビが駆けていく。

 彼らは生前、狂的に心中を画策するほど、互いを求めあった仲だという。

 そうして最後は、共に入水自殺し、果てた。


 まあ、ある意味で究極の死に方ではある。わたしはやりたくないけれど。


「せや。ハスターを化身で呼ぶには魔力そのものはちょいと足りん程度やけど、肝心の儀式的準備が陣だけやねん。魔力を増量して補うからお前さん、燃料タンクになってくれ。大丈夫、お前さんで言うたら競技用水泳プールの四分の一くらいで済む」


「それって一族換算だと二千数百人分なんだけど。テキトーに神話生物を召喚せしめて、ポップしたのを倒して、また呼んでと、残った魔力を浪費したらダメなの?」


「ハスターのやつ、最近しつこく夢枕に立ってなぁ。暇やからはよ呼んでくれーはよ呼んでくれー言うて。なんせアレのメイン活動期って冬やからなぁー」


「信者は何してるの。というか、あそこの信者って冬以外は何してるのよ?」


「筋トレとか体操とか走り込みとか、教団を上げて基礎体力を養ってるらしいで」


「どこの学校の部活動よ。邪教のくせにフツーに健全過ぎて、逆にわたしのSAN値が下がるわ。もっと不健康で、こう、ヒロポンでもキメてヒャッハーしなさいよ」


「お、おう。せやな」





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