第19話 バイツァ・ダスト その7
「時雨環、ならびに村雨咲子。これは注意ではなく、警告。あなたたちは『何があっても』『どんなことをしてでも』『白露美琴を守護』しなさい」
「介添人ってことで、美琴の代わりに質問するね。期間はいつまで?」
わたしは訊いた。が、レンはまた小さくため息をついた。
「見当違いも甚だしい。試練とは、実力を見定める苦難を指す。すなわち、立ちふさがる壁にどう対処するかということ。工夫をしなさい。期間なんて無意味よ」
「……え? 全然、意味が分からない」
「まあ、それもいいわ。……じゃあ、適当に、五日間にしましょうか」
「いや、ちょっと」
「不服の申し立ては一切受けつけない。それが嫌ならば、工夫をしなさい」
若干投げ槍気味にレンは日にちを決めた。思うに、これはかなり重要な取り決めだと思うのだが、なぜそんなにも簡単に裁量権を行使できるのか。
宗家からの使者なら、宗家よりあらかじめ取り決めた日にちを伝えるのが普通なのではないか。何かがおかしい。決定的に、おかしい。それはわかる。しかし、過ちのポイントがどこにあるのか、わたしにはさっぱりわからない。
「白露美琴、あなたはチェスの駒で例えるならキング。時雨環、村雨咲子。あなたたちはキングを守るルークまたはビショップ。あるいはポーンかもしれないけれど」
「揚げ足取るようだけど、女の子だし、王じゃなくて女王じゃダメなの?」
「時雨環。それだと終わらないでしょう。だったらあなたがクィーンになればいい」
「無茶言わないで。直近四家なら知っているでしょう。わたしの母は――」
「大事なことだからもう一度警告する。あなたたちは『何があっても』『どんなことをしてでも』『白露美琴を守護』しなさい。無茶と思うのなら、工夫をしなさい」
わたしの声に被せてレンは強引に話を進める。いよいよ試練が始まるらしい。
ところが――。
「……はあ。やはりダメみたいね。何度言ってもわかっていない」
榛名レンはため息とともに手を水平に持ち上げて、パチン、と指を鳴らした。
途端、全身を巨大鈍器で一撃を加えられたような衝撃が奔った。
いや、衝撃自体は物理的ではないのだった。
もっと精神的な……すまない、うまく表現できない。
貌が。
いや、あれは、何だろうか。
まさか、それは。
いや、有り得ない。
それだけは、あっては、ならない。
わたしは見た。見て、しまったのだった。
が、不幸中の幸いとするべきか、脳がそれを記憶するのを拒んだ。
何かとてつもなく恐ろしいものを見たような、例えるなら悪夢を見て目を覚ました後、どんな内容か思い出せないがともかく現実に戻れて安堵するかのような。
もっとも、現実に戻れたはいいが、まだ夢の中にいるような事態に陥っているのだが。何もかも有り得ない。わたしたちも有り得ない。わからないことばかりだった。
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