第82話 家族が増えるよ、やったね! その5

「本当に草ぼうぼうで、人の気配は微塵もないよ……見たままの、廃墟だね……」

「そうか、わかった」


「でも、だからといって、敷地内に入るのはやめたほうがいいかも……」

「うむ。千年以上も放置された木造建築群内に侵入するはその通り、考え物だな」


「じゃあ、ここはこれで撤収だね。暫定的に、寺には人の類はいないと」


 気合を万全に入れてきた自分としては、肩透かしのような気持ちではある。もちろん知能を有する存在がいないに越したことはないのだけれども。


「うむ、当麻寺は廃墟にて、この寺社に限っては無人であると考えよう」

「人はいなくても、神話生物はいるかもだけど?」


「可能性だけを見れば否定はできぬ。しかしその確率も低そうだ。人類文明崩壊後と思しき千年昔からなんの手も打たれていない。仮にこの世界に人がいないなら、何をはばかる必要があろうか。堂々と施設展開するだろう。だが、見当たらなかった」


「理があるね。ううむ、こうまで気配がないと逆に疑いを深めちゃうんだけどなー」

「まあそう思う気持ちはわからんでもない。……さて、どうする」

「んー、そうだよねー。込められた気合の行く末をどうにか前向きな方向で」


 わたしは空いた手で顎を撫でた。


「ミコト、聞こえているのなら偵察させているイヌガミを片方戻してちょうだい。一体だけの準警戒態勢に移るわ。わたしがいいって言うまでその態勢を維持ね」


「うん、タマちゃん……」

「よし、じゃあ向きを変えて東へ。本来なら当麻寺駅のあるはずの場所まで移動ね」


「その行動宣言の主たる理由はなんだ?」

「探索は続行する、ただしそれに付随してシカも狩るって意味だね」


「なるほど、ここに来るまでにミコトが見つけたアイツか」

「イグザクトリィ。風向きは今調べたところ南東から吹いている。風下から狙うのはハンティングの定石っしょ? ステーキも良いし、鍋も良い。ああ、肉、食べたい」


「そうとなれば陣形を決めておくか。わたしが先鋒、次鋒抜きで大将はミコト、その介添え人はお前。索敵はミコト、仕留めるのはわたし。タマキ、お前は大将を守れ」


「インペリアルクロスにできないのが残念」

「弓持ちはパリィできんぞ」


 わたしたちは念のため水たまりに葉を浮かべ、その上に磁力を持たせた簡易コンパスの針を乗せた。針はゆらりゆらりと葉の上で方向を定め、北を指し示す。


「北を確認、でもって東も確認。あ、ちょっと待って。ノートの地図に書き込むわ」


 手早くこれまでの形跡を地図に起こしてしまう。

 当麻寺は千年前から廃墟である、と。


 そうしてわたしたちは、東に向けてゆっくりと移動した。

 ミコトの報告ではシカは食事中だった。まだその近辺にいるはずである。

 慎重に索敵し、近づいて、狩るのだ。


「シカは……先ほどの場所周辺にはいないね……」


 代わらずわたしの腕を組んで寄り添う、恋人歩きの美琴は報告する。


「移動したか。ふむ、ならば水辺に行くか。たしか樹皮を食していたのだったな。他に食べ物がある中でのなかなかの悪食ぶりだが……それは何の木だったかわかるか」


「たぶん、楓、かな……?」


「メープルか。ふむ、基本的に日本に生えるのはイタヤカエデだ。その樹液はサトウカエデの半分の甘さしかないし、しかも採取できるのは冬場に限られる。残暑の厳しいこの時期に喰う神経が分からぬが、あるいはわずかでも甘味を感じているのかも」


「思い込みの激しい甘党のシカ?」

「たとえ畜生であれ、様々な性格があろうからな……。よし、それは良いとして、ここからだと水場は熊谷川の本流か。北東へ進路を変えるぞ」

「オッケー」


 変わらず、ゆるゆると北東へとわたしたち三人は移動していく。

 一体を戻したとはいえ、美琴は未だイヌガミの視覚共有で扇形探索をしていた。そのため足元の悪い平地林を行く歩みは酷く緩やかだった。


 時計を見れば一時間が過ぎていた。目算なので自信はないが、元世界の周辺地域の記憶と歩行速度と経過した時間から六、七百メートルは歩いただろうと推測する。


「シカ、見つけたよ……距離、約百メートル。たぶん熊谷川の本流。小川向うの、すぐ傍にいるね……。頭をぐっと下げて水を飲んでるよ……」


「ミコトよ、イヌガミをしまってくれ。これよりは特に慎重に行く。残念だがタマキとの腕組みは一度お預けだ。二人とも腰を落として、つま先を意識して歩くように」





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