第83話 家族が増えるよ、やったね! その6
全神経を隠密へと注力せよ。
言いながら咲子は背中の弓を外し、矢をつがえ、中腰になった。
美琴は頷き、一拍置いてから物欲しそうにこちらを向いて静かに息を吐いた。
妙に湿っぽいのは、イヌガミを使役した副作用だった。
わたしは彼女の耳元に口を寄せ、わざと低い声でおつかれさまと囁いた。
「タマちゃん、ご褒美、欲しいの……っ」
わたしの、組まれたままの腕を美琴はぎゅっと胸に抱きしめた。
反動と不可抗力で、わたしの手の指先が彼女の股間部に触れてしまう。んっ、と美琴は小さく声を上げた。そして、外面もなく自らの股にその手を挟んできた。
「……ミコトよ。荒ぶる気持ちはわたしには想像だにつかんが、少しだけ耐えよ」
当然と言えば当然だが、咲子から注意が飛んでくる。盛っている場合ではないと。
「でも、でも。だってぇ……」
「じゃあさ、わたしとちょっとしたゲームをしよっか」
「タマちゃん、ゲームって……?」
咄嗟に、思いついたわたしは彼女の耳元に囁きかけたのだった。
確かに美琴の欲求には、わたしへの甘えも過分に含まれている。が、血の親和性によるティンダロスの呼び声の辛さは自分自身が一番身に染みて知っている。
あの、抗えない淫らな気持ちは。純潔と淫靡が入り混じる悦楽の混沌は。
自慰では決して治まらず、誰かにしてもらわないと、狂おしいほど高ぶる。美琴はわたしほどではないとしても、その親和性は一族として群を抜いているのだった。
「ルールは簡単。ミコトはわたしの腕にしがみついているよね。今からサキ姉ちゃんが良しと言うまで、この体勢を崩しちゃダメ。声も出しちゃダメ。わたしは気まぐれで手を動かすかもしれないけれど、いつ動くかも、どう動くかも教えてあげない」
言いつつわたしは、美琴によって股ばさみされた手の指先をわずかに動かした。
「ふっ、んん……っ」
押し殺しても漏れ出る、艶めいた吐息が狂おしい。
蜂蜜と練乳が入り混じったような、酷く甘い香りさえ漂う。
ああ、発情、しているんだね。美琴も親和性の境界線に近い娘なのだった。
「それじゃあ、スタートね。ルールを破ったら、お仕置きしちゃうから。うふふ」
「うふふって、タマキよ。お前はなんという嗜虐性の強い……」
サディスティックな笑みを浮かべているであろうわたしを見て、咲子はこれまでにも見せたこともないような深みのある表情になっていた。
例えるなら困惑と呆れと羨望、その他いくつもの感情が綯い交ぜになって、気持ちの消化不良を起こしたみたいな感じ。その解消方法は、百合行為しかあるまい。
だがわたしは、あえて咲子の去来する気持ちをスルーする。
優先すべきは、何? 美琴は役目を果たした。次は咲子とわたしの出番。
「行こう、サキ姉ちゃん。獲物はもうすぐだよ」
「う、うむ。わたしは恐るべき義妹を持ったものだな……」
わたしたちは腰を落とした隠密姿勢で、足のつま先の神経を尖らせて進んでいく。
元世界の葛城市北部と同じ場所に流れる熊谷川の本流は、わたしたちが利用する名もなき支流よりわずかに幅が広い程度の、川と呼ぶのもおこがましい小川だった。
もちろん異論もあるだろう。
だが、しかし。
わたしたち三人の基準は――、
四国に流れる川幅数百メートルクラスの吉野川なのである。
あれこそ、川。ザ・リバーなのである。
咲子を先頭に、腰を落とした隠密戦闘スタイルで美琴の指定した場所へと向かう。
腕を美琴に取られてヨタヨタと中腰でついていく自分や、同じく中腰で恋する人の腕に抱きつきさらには股に手を挟み込む――あえて言うなら自慰歩行の美琴に比べ、咲子の歩みはまさに狩人そのもので音もなくそれでいて力強く、さらに早かった。
さすがは祖父に狩猟に連れられていただけあるな、と感心していると、半分泣きそうな様相で声を殺してついてくる美琴がさらにぐっと腕に抱きついてきた。
人の手を使って、的確に彼女は自らのオンナノコに刺激を与え続けているらしい。
一応断るに、わたしはまだ自らの意思で手を動かしたりはしていない。
いわんや放置プレイである。
腰をかがめて人の腕にぎゅっと抱きついて歩くというのは、実際にやってみるとわかる話、わざわざ股に挟むまでもなく的確に腕や手が当たり、擦れるのだった。
そんなお愉しみの美琴をよそに、咲子はかがんで無言で手を後ろに向けた。
ここで止まれ、らしい。
わたしたち
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