第133話 隷属解放の乱事件 吶喊! その3
急がねばならない。これは、電撃作戦なのだ。
あと一分もしない間に補助電源が作動し、礼拝堂の照明を再び灯す。
わたしは『被害を逸らす』を詠唱し、走りながら両手で拳銃を構える。
肩車の響が、きゅっと股を閉めるのを首に感じた。人間失格さんとトミエは、わたしの背後にいる。射撃。当たる当たらないを無視して全弾を祭司のアルスカリ、人間に化けている頃の名を書けば坂東穂邑、通称でほむらさまとやらに撃ち込む。
駆けながら弾倉を取り換え、チャンバーを引く、そして再度射撃する。弾丸が女性向けとはいえ、さすがにノックバックがきつい。歯を食いしばって撃ちまくる。
二度目の射撃は先ほどの牽制とは性格が変わり、火器支援となる。
人間失格さんとトミエの食屍鬼コンビが、射線を迂回しつつ前に出て祭司に躍りかかる。たった一撃で良い。奴に、的確に傷を負わせるのが目的だった。
わたしたち祭司を狙う一班の戦術の組み立ては、最終的には、わたしの『治癒』で敵そのものを腐敗に落とし込むところにあった。
これは、防御不能。かかれば一発アウト。
もちろん欠点もある。この魔術の根幹は『攻撃』ではなく、あくまで『治癒』。なのでどうあってもまずは『傷を負わせねば』ならない。そして『接触』せねば。
そんなくだりから、わたしが先頭で『被害を逸らす』で防御を固め、『銃で牽制』しつつ接近し、そうして人間失格さんとトミエを『近接攻撃』へと組み立てていく。
繰り返すが、一撃で良い。掠り傷でもいいので負わせさえすれば良い……ッ。
果たして人間失格さんとトミエの食屍鬼たちの異様に息の合ったコンビネーションにて、彼らの持つ鋭い爪が、敵祭司の胸元を十文字に傷をつけた。
拳銃を捨てたわたしは、肩車の響と共に、怒声を上げて突撃をかける。
絶妙なほどの食屍鬼コンビが、阿吽の見事な呼吸で、かのアルスカリ祭司を二人掛かりで羽交い絞めにする。突っ込むわたしの、その右手が、奴の首を掴んだ。
ツ、カ、マ、エ、タ。
そして、ひときわ甲高い悲鳴が。
腐る。腐敗。腐乱。腐食。糜爛。爛れる。
アルスカリ祭司、坂東穂邑。通称ほむらさまとやらの全身は――、
即座に、生きながらにして、腐り、落ちていく。
獣の悲鳴。小便を漏らす音。糞便の漏れる音。
力なく垂れさがる両腕。酸味の利いた、妙に熱っぽい臭気。
痙攣、痙攣。お前専用の地獄への扉は、今、開かれた。
恐怖と混乱を綯い交ぜにした、さらなる悲鳴が轟く。
くはは、くははは。くははははははっ。
昏く淫らに燃える炎が、わが身をじわりと炙っていくような気持ち。
あえて例えるなら、初めて十八禁同人誌でBLを読んでしまったかのような。
いや、分かりにくいか。でも、アレも腐っているからね。腐女子的に。
わたしが男の子で美琴も男の子だったら、絶対に掘り合ってるね。もちろん尻を。
それは、ともかく。
傷という原因=問題に対して、治癒魔術による傷の治癒という結果=回答が捻り出される。ただし、単純に癒すだけではなく、幾通りも結果へと至る道がある。
過剰に治癒の魔力を送り込んで肉体に致命的なまでに負荷を強要、傷そのものは治す代わりに肉体を腐敗に追い込んでいく。これも治癒に至る結果への道筋の一つ。
わたしは人間失格さんたちに、この祭司を床に投げ捨てるように指示する。
彼らは言われるまま奴を手放した。びちゃ、と粘性の強い音が床に広がった。
アルスカリの祭司たる
わたしはまだ硬度を保っている頭蓋部分を、腰の特殊警棒で突き押さえる。
「われらがイヌガミ一族の娘たち二人はどこにいる? さっさと答えて。苦しんで死ぬのと、より苦しんで死ぬのと、もっと苦しんで死ぬの三つを選ばせてあげる。ただし、答えない限り、絶対に死ねない。殺してくれと嘆願しても無理やり生かす」
「く、そ。お、お前は……まさか。かの、の、呪われた……一族の……っ!」
反逆のアルスカリ、坂東穂邑は答えない。
ヤツの頭部に突きつけた警棒を、わたしはグッと力を込める。
このまま刺し抜いてやろうか。治癒の影響で死ぬことはないはずだが。
「単に苦しむだけでは満足できないのね。なら、次の苦痛の段階へ行こうか」
わたしは、ヤツの頭部に刺し込むように突きつけた警棒を、スッと横に引いた。
「とってもとっても痛いわよ。でも気絶はできない。わたしの悪意は強烈よ」
ずるりと向ける頭皮。生理的嫌悪を露にする黄ばんだ『傷』の内側が露出する。
「――っ!」
彼女は、口は開けど、声を出せないでいる。
わたしの悪意。それは治癒ついでにヤツの神経を弄び、暴走状態にすること。つまりどういうことかというと、出来た傷につんと警棒を当てるだけで――、
まるで高圧電流を流されたように、過剰な神経反応による、比類なき激痛が走る。
通常、痛みとは脳で感じるものだった。決して傷口で感じるものではない。
神経伝達により脳内の化学物質の反応から、痛みという信号を脳が受け取る。余談を挟むが、痒みも痛みの信号の一つだったりする。だが神経伝達された化学物質が多すぎると、脳は生命の危機を感じ取って、意識を遮断する形で身を守ろうとする。
それをわたしは、治癒にて神経伝達の一部を阻害する。
どれだけ苦痛を感じようとも、絶対に気絶できないように。
新たに作られた頭皮の傷を悪意によって玩弄し、暴走極化した神経がもたらす激痛に耐えきれず、全身から腐敗汁を垂らし、彼女は涙と涎まみれで悶えている。
「あの、見る限りでは姫君の与える苦痛が強大過ぎて喋れないのかと……」
人間失格さんがそっとわたしに耳打ちしてくる。さすがは生前は自殺マイスターをやっていただけある。だが、そんなことは言われずともわかっている。
「ねえ、苦痛はどこで感じると思う? 身体で? それは嘘ね。すべては脳で感じている。この目を通して映る世界ですら、脳は一度映像をバラバラに分解し、再構成させている。だから本当のわたしは水槽の培養液に浸かる脳みそだけの存在かもしれないし、そもそも自分というものなどなく、拙い文章で表すだけの存在かもしれない」
残念ながら、わたしは
坂東穂邑は答えない――答えられない。
「はあ。じゃあもっと苦しんでもらおうかな。だけど安心して。次はね、天国よ」
わたしは特殊警棒を通して、その『傷』に調整済みの治癒魔術を送り込む。
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