第98話 あっさりにして濃厚なウサギ鍋。ところによりアマゴの串焼き その4

 結局、震電は――。

 ウサギ鍋を皿に二杯、スープだけを一杯、焼きアマゴをなんと四本も胃に納めた。


 わたしたち三人組の、一人当たり二倍の量を食した計算である。


 さらには、これはさすがに食べないだろうと冗談半分でイチジクの皮を剥いてやるとそれもぺろりと平らげた。そういえば犬種は甘い物が好物だったなと思い出す。


 小型犬のようで、既に大型犬と同等の食料事情だった。まるでエンゲル係数と駆け登るような想いが脳裏を巡る。


「観測世界に戻ったら、大型犬用の二十キロ飼料を買わないとヤバいね」


「足が太いから大きくなるぞ。体重はニホンオオカミのはく製では十五キロと推定されているが、アルファたるお前に飼われて毎日食事を安定して摂れるとなると」


「基本の十五キロから、ずずいと五キロくらい加算されるかも? うわ、犬種の登録義務は狼の特徴を一番強く持つ柴犬で偽装しようと思っていたけれど、無理かなー」


 食後、片づけをして軽く息をついた。

 腕時計を見るとまだ十七時の半分を少し過ぎたばかりだった。


 洞穴の出入り口には床縛りにした竹製の偽装壁を立てかけているため、内部は基本的に薄暗い。その、主だった光源は、簡易コンロの焚き火である。


 洞穴は遥か奥地よりゆるゆると涼しい風を送ってくるためとても快適で、さらにはこの風のおかげで小さな焚き火であれど万が一の窒息の心配もない。


 わたしは出入り口の偽装壁へ顔を向けた。


 それは立てかけているだけなので漏れてくる光の具合がよくわかるのだった。一応、夕刻はである。しかし九月初旬の日の入りにはまだ一時間の余裕があった。


「まだ明るい間に、アレしてくるわ」

「うん? アレとは、なんだ?」


「ちょっと大地に爆撃を。さながら一トン爆弾装填済みの銀河級さね」

「そ、そうか。ならば存分に落としてくるがいい」


「タマちゃん、ついて行っていい……?」

「いやあ、思いの外激しい空爆になりそうなので遠慮してほしいかなぁ」


 言ってトイレに立つ。ついていくのは当然とばかりに震電も立ち上がる。


 ちょうど良い護衛ができたと思うことにして――、

 作るのに妙に手間取った腐葉土好気性発酵式の、言葉の上ではバイオテクノロジー技術を使ったトイレではあれど、実質はただのボットン便所にて用を足す。


 喰えば、出るのである。生物である以上これが自然である。


 紙代わりの葉っぱで尻を拭き、念のために貴重なティッシュで最後だけきちんと尻を拭っておく。そうして、あらかじめ用意していた腐葉土を今し方出したわが分身にサッとかけていく。うむ、今日もたくさん生まれたな。良きかな良きかな。


 こうしておけば、腐葉土内の微生物がモノを分解し、早々に堆肥化させてゆく。九月初旬の、未だ残暑の厳しい気候ならば数日で完全に土に還る。異臭封じにもなる。


「ふぅ。在庫を一掃って感じだったわ――って、誰に言ってんだか」


 あえて考えないようにしてはいるのだが、この一連も美琴はわたしに憑けたイヌガミを通して余さず見ている気がする。彼女の良心に期待したいのだが、さて。


 だって人がう〇こするところとか見ても、ちっとも楽しくないじゃん。


 すべての用事を済ませてすっきりとした気分でトイレから出てくると、目隠しの外で待っていた震電がうろうろとその場を回りだした。


 なるほどこの子も爆撃行為をしたいらしい。


 わたしは護身用に持ってきていたショベルでなるべく平らな地面を選び、そこを軽く掘り返した。支配魔術のおかげだと思う、意図を介した震電はその穴を跨いで尻尾をピンと上に上げ、いかにも踏ん張る姿勢を取った。


 犬もそうだが、用を足しているときに見つめるととても嫌がるのでわたしは顔を逸らして待ってやる。その後、掘り返した土をもとに返しておく。


 スッキリしたらしい震電は上機嫌にその場でぴょんぴょんと跳ね、しかもひょいと何気にこちらのスカートの中に顔を突っ込ませてきた。

 鼻の頭が、ショーツ越しにわたしのオンナノコにぺたりとくっついた。しかもペロリと舐められる感触が。まだ成狼になり切れず、無邪気に甘えているらしいがどうしたものか。そんなにお股が好きなのかしら。美琴が見たら卒倒しそうである。


 それは良いとして、大きな用事処理後の手を清めに川へ行こうと思った。


 もちろん一度拠点の洞穴に戻ってその旨を伝えるのを忘れない。ホウレンソウの内の連絡である。となればやはりというか、美琴がついていくと申し出るのだった。


 今度は特に断る理由もないので同伴を受け入れた。先ほどの様子からお察しだろう事実に、普段ならトイレに行くのも手を繋いで仲良く一緒なのである。


 女子ならこの程度、良くある日常だった。しかしさすがにあの簡単な目隠しのトイレでペアを組むのは羞恥心が許してくれそうにない。


 大量に噴出する音もニオイも人には知られたくないものだった。たとえ憑いたイヌガミに全部見られていようとも、だ。女子高育ちの野生の乙女、わたしにだって、まだまだ恥じらいくらいある。いや、ホントだってば。





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