第99話 あっさりにして濃厚なウサギ鍋。ところによりアマゴの串焼き その5

「守るも攻むるも黒鐵クロガネの、浮かべる城ぞ頼みなるーっと」


 優秀な耳と鼻を持つ狼の護衛と、三体のイヌガミを侍らせる美琴を伴って川へ手を洗いに行く。大げさなようで、この世界にとって異物たるわたしたちにすれば、火を用意し、獣除け効果のある拠点以外ではこのくらいの慎重さでちょうどいい。


「ねえ、タマちゃん……」


 川べりで手をさわさわとすすいで、ハンカチで拭いているときだった。


「あの、その。ご、ごめんね、わたしのために、こんなに大変な目に遭って」


 何を藪から棒に、などとは思わない。彼女は昨日から思い悩んでいたはずだから。


 美琴はこちらに深く頭を下げた。珍しく消え入る言葉尻ではなかった。それだけ真剣だという証左なのだろう。だがわたしとしては、それが少し気に入らなかった。


「水臭いよミコト。それは謝るものじゃないの。ありがとうって言えばいいんだよ」

「タマちゃん……っ」


 顔を上げた美琴は感極まるような声を絞り、ダッと、わたしに抱きついた。


「ありがとう、手伝ってくれて。嬉しいよ、嬉しいよぉ」


 わたしは、うん、と頷いて抱きつく彼女の背中をポンポンと労わりながら叩いた。


「五日間の試練、力を合わせて乗り越えようね」

「うん……っ」


 だが――、

 このときのわたしはまだ。

 本当の試練の意味にまったく気づいていなかった……。


 拠点へ戻ると、咲子は剥いだウサギの皮の加工をしていた。


「なめすのならタンニンかクロムが欲しいのだが、数日なら皮にへばりついた脂を取り払って乾かすだけでも使えるだろう。シンちゃんが寝そべられるよう、敷物にな」


「だからシンちゃんじゃないってばー」

「あくまで敷物なので、間違っても喰うなとだけ言い含めておくように」


 聞く耳を持たない咲子は、ナイフを使ってウサギの皮に薄く張りついた脂を器用に削り取っている。そういえば彼女の家にはシカやクマの敷物がそこかしこにあった。


「古代の人はどうやってなめしていたのかな……?」

「あー、それわたし知ってる。ひたすらガジガジと皮を噛むんだよ」


「噛むの……?」

「うん。唾液を混ぜながら少しずつ噛んでなめしていくの。顎が大変だね」


「後は塩でやったりもする。ミコトよ、皮の脂を削り終わったらイヌガミの力で少し干からびさせてくれ。ペロリと舌でなぞる程度だ。それで簡易の敷物ができよう」


「うん、まだ暑いとはいえ、洞穴の地べたに直に寝るのはシンちゃんも辛そう……」

「だからシンちゃんじゃないってば」


 当のシンちゃんならぬ震電は、削られた皮の脂をぺろりぺろりと食べていた。


 夕食を終え、緩やかに日は落ち、ウサギの革も見た目だけは綺麗に加工された震電専用の敷物となり、あとは特にすることもなく竹のベッドに三人は寝そべっていた。


 わたしは自分の腕を枕に転がっていた。そこに美琴が寄り添って、空いた人の腕を勝手に枕にしている。おまけに彼女は片脚をわたしの太ももの間に差し込んで、その手はわが薄っぺらい胸の上に置いていた。


 構図としては性交後の男女の図である。


 いや、わたしにはまだ未経験ゾーンなため、少女漫画や小説の拙い知識からの歪な妄想にすぎないのだが。でもセックスには大いに興味があるのも確かだ。


 ここだけの話、初めての相手が美琴に本当に決まりそうで、ちょっと怖い。


 同性相手だと気持ちの良い場所が互いに良くわかるので性質が悪いのだ。しかもわたしと美琴は、ごく近い行為まで及んでいた。あと一歩踏み出せば新世界である。


 ときに、咲子が先ほどから不審者になっているのだった。


 こちらを向いて寝そべってはいれど、彼女はスマートフォンを片手に何やら無心に画面を注視しているのだった。

 別にわたしたちの写真や動画を撮っているわけではない。どうやら貯め込んだ画像を楽しんでいる様子なのだが、さて、その内容たるや如何に。


「サキ姉ちゃん、エロ画像でも見てるの? なーんか、すっごく怪しいよ」


 首だけ咲子へ向けて尋ねる。すると、ビクッと、咲子は身体を揺らすのだった。


「い、いや、そんなものは見ていない。というか、なんだ、その言い草は」

「まあ色々溜まるよね。プライバシーもなくて、オナニーもできないし……」


「わ、わたしは。そ、そりゃあときには自慰もするが。そうではなくてだな」


「そうなの? じゃあ何を見てるの? というかスマホのバッテリー良く持つね。わたしのなんかすでに切れちゃってるよ。三人とも機種が同じなのに、なんで?」


「モバイルバッテリーがあってな。ダイソーの廉価品ゆえ補充は一度きりだが」


「あー、あの安物の。しまったな、わたしもアマで買った大容量のを持ってきとけばよかった。あれなら皆で少なくとも一回ずつは再充電できたのになぁ」


「それは残念だ。かく言うわたしのも今夜中には切れる。なので見納めをだな」


 と言いつつ、覗き込もうとするわたしから画面をガードする。怪しい。


 隠されれば気になるのが人間のサガである。


「ミコト、イヌガミを使ってサキ姉ちゃんのスマホ画面をこっそり覗いてみて」

「わたしに聞こえるところでこっそりもあるかというに。しかたがないな、ほら」


 と、見せてくれたのが――、

 レトロスタイルのメイド服を着て働く女の子の画像だった。





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