第167話 前提を崩す。そしてわたしは。その2

「ふむ。それならわたしからの提案というか、むしろ質問なのだが」

「ん、サキ姉ちゃん。ご意見をどうぞ」


「隷属解放の乱事件で強引に友誼を結ばれた、あの邪神とは取り引きできぬのか?」


 ああ、とわたしは頷いた。

 あの邪神。ナイアルラトホテップの顕現体、銀髪碧眼幼女の響か。


「わたしも考慮に入れたんだけど、可能かどうかで考えれば、ダメのひと言だね」


「わけを聞かせて貰おう」


「一つ、これはイヌガミ筋の試練である。ひいてはティンダロスとわれらがイヌガミ一族の問題であるのに、そこに混沌を呼ぶのは宜しくない。趣旨から大きく逸れてしまい、この試練自体が無意味になり、もう一度やり直す羽目になりかねない」


「一つ、とわざわざ数を口にするのならば、まだ他にも理由はありそうだな?」


「もちろんだよ。二つ、仮にあの子を召喚したとして、美琴もサキ姉ちゃんも邪神の認識内に入ってしまうことへの危惧。響は基本的に躾の成ってない無邪気な幼女なんだけどさ、力だけはマジモンなのよね。アレと関わると、ロクなことにならない。これは、わたしが完全保障する。混沌の邪神を舐めちゃダメ。間違っても友誼なんて結んだらこれから先どうなるか、生きながら狂気の淵にわざわざ立たなくていい。夜寝る前、人がオナって気持ち良くなろうとしているときに限ってベッドに潜り込んできて、しかも変に気を使ってオムツまで履いてる幼女邪神とか、心が折れる。マジこいつなんなの、ってなる。毎回毎回、狙ったように来るし、マジで性欲を持て余す」


「……」


「いやこれ、ホント参るから。こないだなんて性欲を持て余し過ぎて苦言を言ったら物凄いことされちゃったよ。お、お尻に、指を。つぷっと。アナルの開発、というかさ。しかも上手で、初めてなのに……イッちゃった。恥ずかしくて、思わず今日から半年は来るなと叱ったよ。そしたらめちゃ泣かれて消えて、なんの音沙汰もなくなったし。顕現体とはいえ、躾のために邪神を叱るとか頭おかしいんだけど、ね」


「詰まるところ、そもそもかの神に助力を乞うても、助けには来ないと」


「ご理解いただき恐悦至極。三つ目の理由は、響というナイアルラトホテップが顕現体。銀髪碧眼の、幼女の姿をした邪神。せっかく寝た子を、起こすなってコト」


 二と三の理由はいささか説得力に欠けるだろうが、重要なのは一つ目なので問題はない。われらがイヌガミ筋の、次期当主たる美琴に混沌の立ち入る場所は、無い。


「ふむ……」

「でも……でも……っ」


「ミコト」

「な、何……?」


「これが無事終わったらの話。提案通り、結婚式を挙げよう」

「それ死亡フラグぅ……」


「フラグは漫画の宇宙海賊コブラのようにクラッシュせしめてくれる」

「……わたしと、結婚してくれるの? 本当に、本当? 女の子同士だよ?」


「現行の日本の法律では内縁関係になるけどね。子どもは桐生が研究している卵子の精子化で作るよ。科学の力ってスゲエ。で、女の子と男の子を一人ずつ作ろう」


「ものすごく具体的……。いいの、信じても。真剣に話を進めちゃうよ?」

「わたしは美琴に対していつも誠実だよ。籍入れは十八歳になってからだけど」


「……」


 美琴は目を瞑った。もちろん彼女の双眸はすでに機能してはいないのだが、目で視覚を拾っていた頃の名残で、彼女も深く考えを取るときは瞑目するのだった。


 説得でも言いくるめでも、なんでもいい。

 ここは我を貫き、この計画を実行してしまわねばならない。デッドエンドは間近であり、もはや躊躇している場合ではないのだから。


 そう、いつ腹を括るかなど、もう関係のない状況にまで追い込まれている。


 卑怯者と罵られても良い。いっそ、そのほうがやりやすい。わたしだって昨日、この案を思い当たったときからずっと悩んでいた。

 美琴と咲子の二人は――特に、美琴は、必ずわたしの提案に反対すると分かっていた。しかし、わたしの凡愚な脳みそでは、これ以外に思いつかなかった……。


 くそ、とわたしは心の中で罵倒する。

 いっそ、最初のあの時点で榛名レンをぶち殺せたら良かったのに。


 それなら試練そのものを、なかったことに出来たのに。


 ……いや、待て。……そう、そうか。


 わたしの中で、突如新たな思考が芽生えた。そんな、まさか。


 ? 


「……タマちゃん」


 機能していない双眸を見開き、美琴はこちらに向いた。

 何かを決意した、顔だった。


「生きて戻れたら、プロポーズはわたしから、改めてするの……っ」

「ミコト……」


 同性同士での結婚を餌にしてしまうわたしも大概な詐欺師ではあれど、ともかく説得および言いくるめは成功したらしかった。

 彼女はわたしが今しがた傷をつけて癒した左手首を取った。唇を当て、そして血で汚れた手首を愛おしそうにゆっくりと舌を這わせ、それを呑み込む。


「約束、守ってね。わたしの大切な人」

「もちろん」


「誓いのキスだけ、先に貰っちゃうってできる?」

「ミコトはこういうのはガンガンくるよね。いいよ、誓いのキス、しよっか」


「――お前たち、その辺にしておけ」


 と、唇を交わそうとして咲子に止められた。不満そうにする美琴。


「義姉として二人を祝福してやりたいが、その、わたしもタマキをだな。だから、あまりそういうのはわたしの前では、せめて、やめてくれ……」


 そうだった。昨晩、咲子からも熱烈な愛の告白を受けたのだった。


 モテモテだね、わたし。

 ただし、同性からだけどね。美少女は大好物だから問題ないけれど。


「ときに、二人が結婚するとしてだな」

「ん、どったのサキ姉ちゃん」


「知識がなくてすまぬが、この場合、どちらが花婿でどちらが花嫁になるのだ?」

「あははっ、それはね。どちらも花嫁さんになるんだよ」


 わたしと美琴は笑った。つられて、そうなのかと咲子も、笑った。イヌガミを降ろすのを待つ震電が、怪訝そうにわたしたち三人を見上げて小首をかしげていた。






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