第177話 ティンダロスの王、ミゼーア。その7

 一体、母は何をしたか。

 答えは簡単。

 母はミゼーアに勝負内容を告げ、彼と魔力リンクをしていたのだった。


 前正妻は、取り巻きを全員集めて増強したとはいえ所詮は有限だった。

 対するミゼーアはティンダロスで最強をほしいままにする無限の王である。


 その力は宇宙創造の魔王アザトースの副王、すべての実数次元とすべての巡回する実数世界に同時存在し、支配するヨグソトースと同等か、それ以上。

 無限の力のさらに上とは凡愚のわたしにはにはさっぱり理解が追いつかないけれども、ともかく超高次の部分で差異が見られるのだろう。そんな存在が、ミゼーア。


 母は、そんな彼と魔力同期していた。有限は、無限には、絶対に勝てない。


「あのとき、前正室のあいつは言った。わたしが勝ったら、アナタは自ら最下位へと辞去しなさいと。そのために、まずはわたしへの絶対恭順として、わが主を讃える歌を魂をも蝕む猛毒を口に含んで歌ってもらいます、って」


「……それ、事実上の死刑じゃん」


「そうね。……ところで、タマキは有刺鉄線がどんなものか、知ってるよね?」


 有刺鉄線とは茨のような鋭いトゲを持たせた針金の総称だ。危険区域や立ち入り禁止区域の侵入対策や安全対策のためにこれを展開し、使用するのが一般的だった。


「勝者のわたしはね、その有刺鉄線を鋭く丸めて造った球を彼女ら全員の口に含ませて、われらが王を讃える歌を歌わせたわ。期間は、わたしの気が済むまで」


「うわぁ、地獄ぅ」


「凄かったわよぉ。口の中が血みどろで、しかし自動で傷を癒す呪いを掛けておいたからずっと苦しみは続いて。終わらないのが終わりというか、皆、地に額をこすりつけて泣きながら許しを乞うてきたわ。それを無理やり立たせてまた歌わせるの」


 相変わらず苛烈な性格をしていて何より。


「いやさ、全員が敵だからわたしが勝っても、わたしが正室になるだけで順位的なものは変わらないのよ。ほら、あれよ。世界中の人間が不幸になれば、相対的には世界中の人間が幸福になる、みたいな。正室わたし以外の女はみーんな畜生、なんてね」


「一族の先達が、何人かこっちにいると古文書で読んだんだけど。彼女らは?」


「普通に敵よ。見て見ぬふりなど。血族をないがしろにした分、もっと罪が重い」


「あー、そうかもねー。一族ならば互いを尊重し、大切にしないと」


 下界では元妻たちが猟犬コーギーの餌になる地獄絵図が展開されている。

 しかし先ほどまでは嘔吐寸前だったのが、今は自分でも不思議なほど平気で、気持ちが凪いでいた。順応性の高さに自分でも驚くばかりだ。


「僕の祝福と加護があるからね。あの程度の光景、お菓子を食べるのと同じだよ」


 思考を読んだらしいミゼーアが簡潔に答えてくれた。

 ほら、僕と口づけ、したでしょ?


「最初、大娼婦と十の頭の獣みたいな格好してたけど、あれは?」


 せっかくなのでミゼーアに質問を重ねてみる。


「ああ、あれはここでの正装の一つだよ。女どもを全員畜生に堕としたとはいえ、公的な場でいかにもな格好をさせて貶めるのは宜しくない。ちなみに普段の格好とか聞きたい? 触手ボディスーツに聖女殺し、マリーローズ、弱電流の鎖ピアス。結構バリエーションがあるんだけど。いずれにせよ、後はご覧の結末だけど、ね」


 その後、母が如何にこれまで嫌がらせを加えてきた彼女らへの報復をしたかを教えてくれた。が、さすがに文面にするのは憚られるので母の言葉で要点だけ書こう。


「――あいつら頑丈でさ、ちょっとやそっとでは死なないの。むしろさっさと死ねって感じなのに。なので、殷の国を滅ぼした世界三大悪女の妲己の所業を参考に、色々とやったわ。ホント、色々とね。それで最期は犬の餌。はっ、ザマァないわ!」


 やがてすべて食べ終わったコーギーのラッキージャーヴィスが、重い足音と共に壇上を駆けあがってきた。


 口の周りが、血みどろである。


 母は手をスッと横に振る動作を見せ、愛犬の口元を洗浄の魔術――そんなものがあるのかどうかは知らないが、そのような効果のある何かで拭い取った。


 コーギーのジャビちゃんは巨大で禍々しい黒の姿のまま、甘えて母に顔を擦りつけてくる。大きな顔のその迫力。一瞬、ドスンッと振動がきた。わたしたちが乗る震電が何事かとこちらへ向いて、それで状況を解したらしくまた元の姿勢に戻った。


「さてさて。新しき花嫁を迎え、力の移譲も済んだ。キミはキミでスッキリだ」


「はい、わが君。それはもう、スッキリとしました」


 そうして二人は微笑み合っていた。まるで仲の良い少年少女のようにも見える。






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