第3話 百巡目のデッドエンド その2

 場所の問題など、どうでもいい。加えるなら地震もだ。

 それはSAN値――精神強度を守るための現実逃避に過ぎなかった。


 本当は、避け得ない現実を直視すべきだった。


 わたしは前方に立つ長い黒髪の少女を睨みつけた。

 ありったけの気力を総動員して。


 彼女は、距離的には十メートルほどの位置で、クヌギの木を背に佇んでいる。

 美しい少女だった。まるで黄金比にでも祝福されたような。


 だが、それが、かえって恐ろしい。

 綺麗な色彩をした、致死性の毒虫でも見るようだ。


「お前たちは守り切れなかった。工夫をしろと重ねて警告したはずなのに」


 彼女の名は榛名はるなレン、という。

 わたしたちの宗家からの使者であるらしい。


 レンは断続的に揺れ続ける地震をものともせず、細くしなやかな腕をゆっくりと上げ、こちらを指さした。


 そして冷ややかに、制裁、と呟いた。

 レンのすぐ足元には、親友だった白露美琴しらつゆみことが倒れている。


 彼女の頭部はまるで裂けた柘榴のように赤く大きく傷を晒しており――否、断じて否! そんな、生易しい、ものではない!


 完全に打ち砕かれ、無残に、顔の半分までを欠損させ、潰れてしまっていた。


 美琴は高速で落ちてくる、バスケットボールをさらに二周り大きくしたような落石を頭部に受け、一瞬の血の華を咲かせ、絶命したのだった。


 ああ、ピンク色の飛び知った脳髄が。

 はははっ、脳髄が。

 なんだったっけ――ああそうか、ババロアか、これは。

 新鮮なストロベリーのたっぷり入ったババロア。

 血色はまるでレッドベリーのシロップ。

 視神経が千切れて飛び出た目玉がこちらを見つめている。

 視力を失った瞳で、そんなに愛おしくも切なそうにしないでおくれ。


 ヒヒヒっ、としゃくるような何かを耳にした。それは、わたしの声だった。

 こんな惨事を目の当たりにして、正気でいられるわけがない。


 親しき者の凄惨な死。精神強度(SAN値)はまさに大ダメージを受けている。かすかに残る、狂い損ねた不幸な自我が悲鳴を上げているのだ。


 美琴はつい数分前まで、はにかみながら笑顔をわたしに向けていたのだった。

 人前では内気さが勝りわたしの背後に良く隠れていた。

 本当にどうしたものか、同性のわたしに妙に腫れぼったい、すり寄るていを取っていた。冗談で頬にキスなどすると、それ以上を求めてきた。


 わたしとこの子とは、若干の肉体関係がある。

 親友。ギリギリ百合の範囲。あるいはちょっと先。まあ、そういうこと。


 榛名レンが課したルールでは、わたしこと時雨環しぐれたまきともう一人の親友兼恋人の村雨咲子むらさめさきこは、白露美琴を――


 『何があっても』

 『どんな手段を使ってでも』

 『絶対に守護するべし』


 と、厳命されていた。


 だが、わたしは、美琴を――大切な親友を、守れなかった。





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