第16話 バイツァ・ダスト その4

「そういやわたし、去年の師走に『隷属解放の乱』という単眼アルスカリと食屍鬼とわたしら一族との事件で知り合った、元自衛官でオカマバーの用心棒で興信所の所長もやってる探偵さんから、スカウト技能ってやつを少し教わってたわ」


「いつか聞いた覚えがあるが、何かと濃い御仁と知り合ったものだな……」

「食屍鬼で、紳士で、死にたがりの人間失格さんとも知り合ったよ」

「お、おう……」

「になみに好物はカルモチンらしいわ」


 隷属解放の乱事件については、今は語らない。あれは語り出すと長くなる。


「あとはそうね、あの事件のさ中、焔神会えんじんかいの書庫から勝手に借りてきた魔導書の翻訳本を読んで、いくつか新しい魔術を覚えたくらいかな。増幅と支配と魔力付与。基本的に魔術って使い勝手が悪いけど、これらはカスタマイズされていて使いやすくなってる。元々の被害を逸らすと治癒も合わせれば、仕える魔術は五個になるね」


「タマちゃん凄いねぇ……」

「勝手に借りるとは、それは正しくは盗むというのではなかろうか」

「方便よ方便。気が向いたら返却するって、おそらくたぶん、メイビー」


 喋りはあくまで軽口風に徹する。何でもないように装って、本題に突入である。


「それで、榛名レンについてだけど」


 この未開の地らしき場所へ飛ばした当事者の名を口にした。

 ある意味当然というか、二人が一瞬びくりと体を震わせるのを背中を通じて感じた。しかしこのまま放っておくわけにもいかない。


「電車に乗って二上神社口駅で降りて、すぐだったよね」

「う、うむ……。そ、そうだったな……」


 咲子は同意した。ただ――可哀想に、声色が異様に暗い。

 美琴は、こちらを向いて、不安を隠さずひしと腕に抱きついてきた。まるで怖い夢でも見た小さな子どもが、母親の体温を求めるかのように。


 榛名レン、あいつは明らかにわれらが一族としても、規格外の存在だった……。


 以下は榛名レンとの邂逅を記憶の限り手記に書き写すものとする。


 まず、宗家を中心に、直近の家系が四家あった。もっともわかりやすくて近い例えで表すなら、徳川幕府で言うところの御三家のようなものである。


 それらの家名は、金剛、比叡、榛名、霧島と称している。


 ちょうど第二次大戦時に活躍した高速巡洋戦艦と同じ名称なので、日帝ミリタリーマニアなら一発で覚えるだろう。


 以前にも書いたように本来なら宗家に子がない場合、この四家のいずれかから娘を養子に貰い、そして家督を継がせるのが一族の習いだった。


 わたしたちの一族は、女性が家を継ぐ。


 ただ今回、宗家には男子は三男までいるが女子はいなかった。しかも近親ゆえに四家の息女を養子に迎えるわけにもいかない。


 これは生物的に血が濃くなり過ぎるだけでなく、神話技能的理由も大いに含まれているのだが、今はまだ語らない。ともかく以上の経緯をもって傍系の娘を、能力と序列にて白露美琴に白羽が立てられたのだった。


 要するに、彼女は、わたしの親友たるミコトは――将来を約束された宗家当主なのだ。夏休み中、彼女が宗家に出向いたのはその準備のためでもあった。





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