第115話 隷属解放の乱事件 探索 その5

「話には聞いてはいたんやが、お前さん、えっぐいなー」


 綺麗に治癒を施して息をついたところで、闇の中から犬先輩が声をかけてきた。


 機械の陰に隠れているはずの食屍鬼が妙に人間臭く、ヒッと声を上げるのが漏れ聞こえてくる。まさか自分たち以外に他に誰かがいるとは思わなかったようだ。


「小娘一人にライフル銃を斉射して、それで自爆した連中に治癒を与えただけよ」

「傷は塞がりました。でも身体は腐りましたってか。まあ殺意の代償として順当か」


「ふーむ、さすがはイヌガミ一族の至宝。『不敗にして腐敗の姫君』ですねぇ」

「すみませんリョウジさん。それ、わたしの黒歴史な字名なので……」


「おや、これは失礼を」


 良司の声が何もない空間から聞こえた。機械の陰に隠れている食屍鬼が、再び小さく悲鳴を上げた。先ほどから人間臭いというか、なんというか……。


 ちなみに、後で良司より教えて貰ったことに、彼は別に姿そのものを消しているのではないのだそうだ。

 自己の気配を極小に抑え、周りの風景に溶け込み、視界に映し出されても意識がそちらに向かわない、人に認識阻害させる技術を使っているのだった。


 それは訓練を積んだレンジャー隊員なら誰でも使えるものであるらしい。ただしそもそもがレンジャー隊員は選別を重ねた粒選りのエリート兵であって、要はタネを教えてもらったからと言ってもすぐさま真似できる技術ではないということだった。


「恐るべし、横柄な米軍兵ですら敬意を示す元エリート兵士。ニンジャ最強っスね」


「いやぁ、原隊には僕など足元にも及ばないくらい凄い方々がたくさんいますから」


 良司はわたしが認識できるレベルまで気配を解いて、スッと姿を現した。犬先輩と響と柴犬のセトも、ベンタブラックのマントを外してこちらにやってくる。


「リョウジさん、元自衛隊員としてこいつらに見覚えとか、あったりする?」

「腕章をつけているその男なら、おそらく」


 顔はもうぐずぐずに腐って見れたものではないでしょうけれど、と彼は前置いた。


「声色と体格、戦闘への嗜好からですが。名前は古鷹源太、歳は三十一。レンジャー隊員だったこともありましたが、生来の乱暴な気質が隊の気風に合わず離隊、その後は秘密裏に造られた――なんでしたっけ、そう、確か盾の会なる部隊に」


「なんと、盾の会……ですか」


 戦闘も終わり、落ち着いてきたのであろう。先ほどまで震え怯えていた食屍鬼が身体の傷を押さえつつゆったりと表に出てきた。しかも何か知ってそうだった。


「私の知り合いに、キミタケとヒッショウという名の同胞たちがいるのです。彼らは東京は青山の巨大霊園を根城にしているのですがそれはともかく、彼らがこれを知ると、さぞ心を痛めることとなるでしょうね……」


 盾の会で心を痛める? わたしは小首をかしげた。良司は構わず言葉を続ける。


「二千年当初に特殊作戦群――特戦と通称される、いわゆる特殊部隊は幾つも創られました。その内の一つが盾の会、もしくはシールドと呼ばれる部隊です」


「ふむふむ」


「公安調査庁が秘匿する特殊部隊、ということになっていまして。ちなみに公安調査庁とは日本の行政機関の一つであり、破壊活動防止法、団体規制法などに基づき、公共の安全の確保を図ることを目的として設置された法務省の外局のことです。そして盾の会。簡単に言いますと米国CIAにおける準軍事組織に相当する組織でして」


「日本版のパラミリってこと?」


「まさに。指揮官はこの男、古鷹三佐。本部は東京市ケ谷駐屯地の地下三階。それが大阪に。ふむ……やっかいですね。これは思ったより根が深そうです」


「何か知ってるの? その、パラミリのパクリ部隊について」


「うーん、これははっきりとした情報ではないと断っておきましょう。秘匿されてなお表向きの顔は、諜報部の暴力機関なのですが……真の活動内容は、彼らは現代版の源頼光、つまりデビルバスター。目下の対象は、地下で蠢く、神話生物たちと……」


「あらま。それってこの状況を鑑みるに、真の活動とやらは確定じゃない?」


「ええ、まあ……。さすがの僕もこの目で隊を見るまでは、ね。神話生物の恐ろしさを知っている以上、なおさらです。この程度で源頼光気取りとは……。もちろん、われらが姫君が強過ぎたというのも、彼らにすれば不幸ではありましたが」


「たとえ亜人に区分されようとも、一応、わたしは人間のつもりなんだけど」

「うふふ、そうですね。人間の、強くて可愛い女の子でしたね」


 良司は悪戯っぽく微笑んでみせた。なかなかお茶目なニンジャさんであるらしい。





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