第116話 隷属解放の乱事件 探索 その6

「それで、これに併せて彼ら盾の会の行動に関しまして、現在、大阪市ではジオフロント計画が二つありまして――キタの曽根崎ジオフロント計画がその一つで、国道二号線の真下に巨大地下駐車場と地下歩道を作り、交通混雑の緩和を目指します。そして、もう一つ。ミナミの難波ジオフロント計画。これは難波から天下茶屋までの区域に、大規模地下商業都市を整備、経済的発展を目指す計画なのですが……」


「なのですが……?」


「この計画に、桐生の名が一片もないのです。計画規模や必要資金、その後の権利関係を鑑みればあの一族が関わらないはずがない。現状、日本はおろか世界経済を陰から牛耳っているのはユダヤでも華僑でも口に出すのも憚られる結社でもなく、桐生ですから。抵抗勢力もモノともせず、圧倒的に。なのに、なぜか盾の会が動いている」


「ふーむ、穴掘りの調査をしたら超古代遺跡を見つけちゃいました。ついでに何かヤバ気なモノを見つけたので、特殊部隊を派遣させました。では、ないのね?」


「そもそもの前提が違います。出資してくれる企業なしでは調査もおぼつかなく」


「あー。市は最初の地質を調べる時点から企業頼りなのかぁ……」


「ええ、おっしゃる通りで。伊達に都構想で府民から金を騙し取ろうとしませんよ」


 国内の正規従業員だけで百万人を擁する巨大企業の桐生グループである。不正規も合わせれば日本人口の一割を超えるとも。確かに出資をしてくれる企業無くして大規模事業は慢性的赤字財政の大阪市では無理な話だろう。無い袖は振れぬのだ。


「なのになんで盾の会が動くのだろう、と……。ふむふむ。まあ、現状ではよくわからんことがわかった。それよりもアンタの傷の手当てをしようっか」


 推測はひとまず打ち切ってしまう。傷まみれの食屍鬼にわたしは声をかける。


「あ、すみません。お手柔らかにお願いを」

「アンタって、死んでから鬼に成ったタイプよね」


「不可思議な、それでいて生前の行ないにより、どこか納得もさせられる転生をしたと自覚しています……


 食屍鬼の彼は、自らを『人間失格』と名乗り、傷の手当てに深々と頭を下げた。


 この紳士――でいいのか、食屍鬼に性別があるのかはさすがの神話技能を以ってなお不明ではあるが、ともかく当遺跡には彼以外にも十人いるという。『十体』ではなくあえて人数読みとするに、そんな理性的な鬼たちが共同で棲んでいるとのことだ。


 そうして、彼らを束ねるのが、目の前にいる『人間失格』さんだった。

 合計で、モヒカン頭が十一人、となる。


 彼の話によればこの超古代遺跡、なんと以前は東京都港区は青山霊園の地中深くにも接続されていたらしい。それでキミタケなる食屍鬼との交流もあったとのこと。


 人間失格さんらの調査では、どうも十年単位でこの遺跡一帯がなんらかの力によって地中深くにありながらも移動し、地上に繋がる空間と接続してはと、延々と繰り返しているらしかった。しかも、さながらブランコの如く反復しながらなのだという。


 それが証拠に、さらに十年前は東京の青山霊園には接続されてはいなかった。


 霊園以前の接続場所は徳島県吉野川市鴨島町であり、これは本当に偶然に、かつて六歳のわたしが親類つき合いで家族ぐるみで訪れた際に起きた、腐敗の姫君と字名されるきっかけとなる場所と重なっていた。それは同じくして訪れていた美琴が誘拐されかけた事件の地でもある。美琴は可愛いから、変態に狙われやすいのよね……。


「――同胞たちが避難している仮拠点へ、可能であれば御同行願えないでしょうか」


 目的があってこのような地下に来られたのは承知の上ですが、と人間失格さんはつけ加えて願い出てきた。食屍鬼とは思えない丁寧さである。頭はモヒカンだが。


 わたしたちは互いに目くばせしあった。


 犬先輩は、先ほどからいつに増してニヤニヤと道化の笑みを浮かべて無言を保っている。そんな彼に抱きついて、銀髪の幼女――無貌がゆえに千の貌を持つ邪神ナイアルラトホテップの顕現体たる響は、愛おしそうにずっと彼を見上げていた。

 この邪神幼女は犬先輩しか関心がないらしい。現代に残るニンジャさんこと私立探偵の良司は小首をかしげて小さく肩をすくめ、雇い人の判断を待つ様子を見せた。


「お前さんが決めたらええで。俺と響、リョウジさんはそれに従おう」


 しばしの沈黙の後、犬先輩はわたしに告げた。


 実のところ、こちらとしては願ったりの展開なのだった。

 食屍鬼たちと共同戦線を張る。いや、戦力は期待できなくとも、元々の住人に遺跡内を案内させるだけでも戦術の取り方が変わってくる。


 良司は短期間で良く調べてくれた。が、さすがの彼も遺跡内部の詳しい構造まで網羅は出来かねた。それほどまでにこの遺跡は、深く、広大なのだった。


「わかったわ。人間失格さん、わたしたちをそこに案内して」


 ありがとうございます。人間失格さんは感謝を述べてモヒカン頭を下げた。





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