第117話 隷属解放の乱事件 探索 その7
それにしてもなぜ彼らは怪物と化しながらも人の意識を保てるのか。
道すがら、わたしは人間失格さんに尋ねたのだった。
すると、彼はこう答えた。
曰く、この天下茶屋地域に遺跡が跳ぶ前の、さらに以前。つまり東京は港区の青山墓地の前。徳島県吉野川市鴨島の某所に接続していた頃のこと。
人間失格さんら十一人の食屍鬼が住民として、完全に忘れ去られた地獄の闇の底のような遺跡を徘徊し、ときおり見つける異形のネズミを貪っていたところ――、
ある日、住処の遺跡に侵入してくる者たちがいたのだった。
侵入者は人間離れした、それでいて見目美しい人間の女たちで構成し、下手な神話生物など問題にしない恐るべき魔力と得体の知れない獣の気配を纏っていた。
人間失格さんら十一人は本能的に彼女らを恐れ、住処の遺跡の奥へと身を隠した。
彼ら食屍鬼は、怪物よりも怪物的な侵入者たちをそっと観察する。
ヘッドライトをつけた彼女らは七人で群を作り、一人はリーダーと思しく、残りの六人は二手に分かれて三つの寝袋を担架に乗せて運んでいた。ちなみにそのリーダーの女はとても小柄で、まるで十にも満たぬような子どものようだったとのこと。
さて、それはともかく。
彼女らが携えるすべての寝袋の中に――死にかけた人間が入っていると気づけたのは食屍鬼がゆえの本能だろうか。彼ら闇の底を巣食う鬼たちは、動物性の、いわゆる死体しか食べられない。ときには弱った動物や人間を殺して喰らうこともある。
七人の女たちは遺跡施設のその内部にまで入ることなく、この辺で良いと小学生みたいな小柄なリーダーの女が適当に決めた場所に三つの寝袋を投げ捨てさせた。
何かひどく濡れたものが入っているような、びちゃりとした音が闇の中に響く。
もしかしたら生きたまま相当に腐敗が進んでいるのかもしれない。だが、それにしては、あるはずの臭気がまったく漂ってこないのだった。むしろ、これは。
「――貴様らナイアルラトホテップの従者に、われらが一族の未来を奪わせない」
七人にして小柄なリーダーの女が、凛とした声で三つの寝袋に対して言い放った。
「だがほんの少しの感謝もしよう。われら一族に新たな可能性が生まれたのだから。
宗家は一族の未来を救ったわが子に字名を三つも贈った。
『佐世保の時雨』
『不敗にして腐敗の姫君』
『
貴様らの肉体を生きながら腐らせた手腕は恐るべきもの。あまりの容赦のなさに唖然とする。母であるわたしでさえ技の正体は掴めない。だが、それ以上に嬉しい」
これは、まさかでもなんでもなく、わが母だ。
となれば、彼女らが運ぶ三つの寝袋とは、あの変態どもの成れの果てか。
話の流れを踏まえた上で、自己弁護を兼ねて反論を入れておきたい。
あのとき使ったのはあくまで治癒魔術だ。そうして何があったかというと、六歳当時のロリっ子な美琴が、幼女誘拐の変態どもに危うく攫われかけたのだった。
偶然にも見かけたわたしは、まず美琴を誘い込んだ直後の、犯人のボックスカーに突貫をかけた。心に怒りを、手にこぶし大のコンクリート塊を掴んで。
誘拐には幾つかのパターンがある。主なものは次の三つだ。
一つは拉致。一つは連れ去り。一つは誘い込み。
拉致と連れ去りの違いは、攫って行く際に強硬手段に出るか否かとなる。
連れ去りと誘い込みの違いは、前者は親の事情での親権争いで法的に決定する前にわが子を勝手に連れて行く場合(これもある種の誘拐)も含まれる。
誘い込みは、道を尋ねたり、お菓子を使ったり、親兄弟が事故などの嘘を使ったりと、主に小さな子どもを対象に車へ誘導し、そうして攫ってしまうもの。
以上、細かい法的な違いは割愛。興味があれば法律書を読むべし。
後で聞くに、美琴は嘘で誘い込まれたらしかった。
曰く、母親が交通事故に遭った、などと。
相手は一族にない見知らぬ顔ばかりである。そんなものは速攻で嘘とわかるものだが、いざ当事者となると冷静さを揺さぶられる心理作用もあって判断が難しい。
ともあれ、わたしはボックスカー後部座席スライドをぶち開け、美琴を取り押さえてダクトテープで拘束しようとしていた男に躍りかかった。
こちらに驚いて振り返った瞬間を見逃さずわたしは奴の左の目玉を、人差し指と中指で抉って捨てた。間髪を入れず、唖然とするもう一方の男の顔面に、握ったこぶし大のコンクリート塊を叩き込む。眉間に衝撃、折れる鼻っ柱。吹き出る鼻血。
ははは。いい気味だ。そして両手に奴らを掴み魔力全開で『治癒』を施す。
運転席の男が驚愕した顔でこちらを見ていた。
挑発。わたしは血濡れの中指を立て、もう片方の手で首を掻き切る動作をする。
実のところ、このまま車を発進させてしまうのが犯人側にとっての正解だった。ハイエースでダンケダンケ。このスラングの意味が知りたいなら漏れなくググれ。兎にも角にも、誘拐したのなら、さっさと犯行現場から去らねばならない。
しかし彼はそうしなかった。わざわざ車を降りて後部座席へ回ってこようとする。
このド素人が。そんな程度ではキッドナッパーを名乗れないぞ。
奴の手にはナイフがあった。わたしはわざとそのまま突っ立っていた。
そうして
この手記を読んだ人の中に、えぐい、と思われる方もおられるだろう。
しかしわたしは親友を救うために迷わず行なった。
当時、六歳の幼女である。相手は大人である。奴らにして思わぬ決死の行動に出なければ万が一にも美琴を助けられない。どうかご理解いただきたい。
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