第100話 あっさりにして濃厚なウサギ鍋。ところによりアマゴの串焼き その6

「ほほう……」


 もちろん堅物むっつりな咲子がこそこそと閲覧していた画像がただの少女なわけがない。


「これはまた結構なご趣味でございますなぁ。アイドルも真っ青な美少女ときましたか。写真の上ですでにこの異質感、APPが人の限界に迫ってる感じがするね」


 愛らしいボンネットを被る、長く艶やかな栗色の髪をカントリー風の緩い三つ編にした女の子だった。メイド服の彼女はトレンチを持ち、コーヒーらしきものを客に給仕をしている。なるほど行ったことはないが、これはメイド喫茶なのかもしれない。


「にしてもこれはアレだね。うん、アレ過ぎてボキャブラリーが怪しくなるレベル」


 内向的な笑顔の、小柄で華奢な彼女から発せられる恐るべき気配は何なのか。儚くも、可憐。開け透けない感想で申しわけないが、男受けしそうではある。いわんや男は基本的にか弱い女性を好むらしい。わたしたちで言うならば美琴がそれに該当しそうだけれども……うん、まあ美琴は男が大嫌いだから、なんともはや。


「いや、違うのだ。まずは聞いてくれタマキよ」

「サキ姉ちゃん。ああー、いいよ何も言わなくて。わかる、わかるから。ここまで可愛いと性別など無粋。可愛いは正義。でも、お姉ちゃんを王子様と慕ってくれている下級生の女の子たちも可哀そうね。むっふふふ、だってこの娘にはとてもとても」


 女子高にはほぼ必ずいる男役――通称、王子様がいる。要は、咲子のこと。


 しかし咲子は、そんなわたしの冷やかしなどものともしなかった。


「場所は桐生学園ミスカトニック大学構内にある喫茶店、コノハナサクヤ。撮った時期はこの夏休みの間の、八月のいずれか。超望遠の長玉レンズを使って三百メートル先から撮影したもので、学園の写真部がプロ顔負けの機材を用いたのだそうだ」


「うわ、マジか。というかそれ、盗撮じゃん。そんな画像持ってて大丈夫?」

「う、うむ。この一枚で三千円もしたのだが……」

「サキ姉ちゃんのSAN値、だいぶ削れてる気がするわ」


「そもそも店内は撮影禁止で、しかも対パパラッチ用特殊生地『ISHU』を使ったエプロンを着用しているためフラッシュを焚くと画面に焼きつけができる。店内からかユニフォームのメイド服からか、妨害電波が発せられているためデジカメでは機能不全になる。ゆえに超望遠で外部から旧来の感光式フィルムで撮るしかなかった」


「えぇ……」


「これを撮った女史は、念には念をと自作のギリースーツを着用していたそうだ」

「あー、うん。ひらけポンキッキのムックみたいな装備でしょ。狙撃手が着るアレ」


 写真部の彼女は一体何をそこまで掻き立てられたのか。知りたいような、知りたくないような気持ちだ。冷静に考えてほしい。被写体は同性だ。わけがわからない。


「ミスカトニック高等学校の女子寮を中心にを慕う者は百名は下らないだろう」

「ん、今ちょっとおかしな単語が飛び出したような?」


「そしてこれが八月三十一日、つまり昨日。昼前に送られてきた最新の画像になる」


 咲子はスマートフォンの画像をスワイプした。

 わたしはそれを見た瞬間、脳天を殴られたような気持になった。


 同時にむくむくと膨れ上がるこの感覚は。


 大勃起。


 もちろん男性の如くペニスを怒張させたわけではない。


 ただ、そうとしか表現のしようのない、気持ちの昂ぶりを感じ取ったのだった。


「サキ姉ちゃん、そいつ、なんなの。少なくとも人間じゃない。まさか、太古の大地母神リリスの顕現体とかじゃないよね? ミコト、危ないから見ちゃダメ」






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