第131話 隷属解放の乱事件 吶喊! その1

 腕時計を確認する。計画通りならば、あと三分で配電盤の電源が落とされる。


 問題の礼拝堂はさらに地下へ潜り、しかも思っていたよりずっと広大で、ちょっとした体育館くらいの規模を持たされていた。


 わたしたちはその出入口扉の陰に、まとめて潜んでいた。


 人間失格さんとトミエに目配せする。

 彼ら二人は緊張気味ではあれど、こちらに頷きを返してきた。そりゃあ戦闘を直後に控えているのだ。武者震いの一つもなけりゃおかしい――と、思うだろう?


 さもありなん。なぜならわたしは響を肩車にしているのだった。


 突入をかけるにしても仲良く手を繋いで駆けっこするわけではない。ここは幼稚園ではないのだ。ならば背負うか。だが片腕を必ず身体の支えに回す必要がある。

 現に犬先輩も、もう片方の響を肩車していた。彼の肩にきゅっと股を〆て座る響がこちらに気づいて嬉しそうに微笑み、小さく手を振って見せた。


 普通ね、戦闘吶喊かけるときに幼女なんて連れてこないから。頭おかしい。


 重くないかというと、重いに決まっている。ちょっと抱き上げるとかだと軽い部類に入るだろうが、肩車で維持となると話はまったく別物になる。


 しかし女子高暮らしのわたしたち野生の乙女を舐めてはならない。基本的に男手がないので、重量物であろうと自分で持つ以外選択肢がないのだ。ヅカの花形、男役の彼女たちだってあそこでは男扱いされているぞ。世の中そういう風にできている。


 小賢しい女らしさを磨くなら共学校へ。

 野生の女子力が欲しいなら、女子系の学校へ。


 わたしは犬先輩から受け取った拳銃のチャンバーを少し引き、弾丸を確認する。


 桐生の変態技術者が趣味と実益を兼ねた、女性でも扱いやすい対怪物専用の22マグナム・ホットロード・シルバーチップダムダム弾。小口径高速弾の特性をあえてストッピングパワーに極振りした異形の弾丸。銀弾でもあるので狼男にも効きそう。


 コンバットロード、安全装置は解除済み。引き金を引けばいつでも射撃。


 もちろん銃規制の厳しい日本、当然ながらわたしは銃火器を扱った経験などない。


 しかし昨今のネット情報の多様化により知恵や知識、技術技能は氾濫し、銃の分解掃除の方法から発砲の仕方まで、日本に居ながらにして学習できてしまうのだった。


 外国では特に多様化多様化とキチガイ染みて奉っているが、正直、多様化程つまらないものはない。行く先の窮極はすべてが平均の、のっぺらぼうである。まあ、われらが一族の外の些事なので、滅ぼうが均一化しようが知ったことではないけれど。


 ただ、長い目で見て生物として種を残せるのは、強き者でも賢き者でもなく、環境に適応できた者だけだと記しておく。多様化という名の悪しき浸透にて窮極的に平均化された人類は、平均がゆえに、いつか一気に滅ぶことになるだろう。


 むしろ滅べクソ人類。さっさと滅べ。他の知的生物しんわせいぶつは、虎視眈々と自分たちの種族の台頭を狙っているぞ。わたしたちが今回動いているのだって、別に世界を救うためじゃない。仲間を救うためと、自分たち一族に被害が来ないようにするため、だ。


 話を戻して、ともかくわたしは雑学の一環で、銃火器類は知識の上とはいえ一通り扱える。どうせ将来、隣国てきこくとは必ず戦争になる。銃の扱い方を学んで損はない。


 礼拝堂は交換された天井のLEDライトによって、煌々と照らされていた。


 魔術儀式だからと照明をロウソクや松明に限定し、雰囲気作りをしなければならないわけではない。通常照明も併用しても、問題はまったくない。ただ単に必要に迫られて、儀式で魔術的に意味があればロウソクなどを使うというだけの話だから。


 突入を今かと待つわたしたちは、その後方の扉向こうで息をひそめている。


 儀式現場は祭司と思しきアルスカリが、祭壇の前方にあつらえた巨大魔術陣形に向けてひれ伏して、召喚の文言を唱えていた。たぶんアレが坂東穂邑――通称でほむらさまなのだろう。後方で助祭や一般信者どもも、同じくひれ伏して唱和している。


 ふんぐるい、むぐるうなふー、くとぅぐぁ、ふぉまるはうとー、んがあ、ぐあ、なふるたぐん、いあ、いあ、くとぅぐぁ。


 儀式に必要なのだろう、紫という明らかに妖しげな色で燃える極太のロウソクを乗せた燭台が等間隔で八つ、召喚陣を囲んでいる。


 さらに礼拝堂の中で目を引くのは陣の手前に据えられた祭壇にあった。


 それは、重力を無視して浮かぶ、こぶし大の赤黒い宝珠。

 まるで炎の塊のようにも見えるそれは、クトゥグァを召喚するにあたり、十中八九安全かつ確実に召喚せしめる触媒の役割を持たせた魔道具だと容易に想像がつく。






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