第14話 バイツァ・ダスト その2
顔を上に、同時に目を細める。
木々の背が異様に高い。空が、遠い。そして青い。
群青。ウルトラマリンブルー。ゾッとするような、青。
そういえば昔、不動産業を営む遠縁の親類からこんな話を聞いた覚えがある。
家屋販売の広告を出す際に、家が映えるよう背景に青空を設定したとして、必ず雲を加えるようにしなければならないらしい。
雲のない空は現実味を欠き、人間は本能的に恐怖心を抱くのだという。
群青の空は非現実であり、究極には、死の空なのだった。
「二人とも、これ、今の状況、どう思う?」
わたしは美琴と咲子に尋ねた。
「タマちゃん……」
美琴がこちらに身体を寄せ、ぴったりと密着してきた。
彼女は小刻みに震えていた。肩に手を回し、身体を支えるようにしてやる。
残暑の厳しい九月の初めとはいえ、小川の流れるこの近辺は驚くほど涼しかった。
しかし美琴の身体の震えは寒さを感じてのものではない。
状況の変化に対応しかねてのものだった。
「う、うむ。タマキ、これは、どうしたものか。わたしはわからんぞ」
咲子は一見すれば落ち着いているようで、その実は首筋に不自然なほど汗粒を浮き出たせていた。視線が泳いでいる。彼女も変化に対応しかねていた。
「……まずは深呼吸しよっか。はい、ゆっくりと吸って。で、ゆっくり息を吐く」
わたしは二人に提案した。出来るだけ自信満々に、安心させるように。
「大丈夫。どうせあいつの仕業なんだからさ。今は普通にのんびりすればいいの」
あいつとは榛名レンを指すのだが――、
彼女についてはかなり後回しで書き込むことにする。
ともかく、美琴と咲子はわたしの勧めに従った。
「念のために聞くけどさ、自分の名前が言えない、なんてことないよね?」
軽い感じで尋ねてみる。
すると美琴と咲子はギクリとして、こちらを見返した。
おいおい、マジかよ。
表情は努めて変えずに、胸の内でツッコミを入れる。しかしすぐに美琴、咲子の順で自己紹介形式で回答が返ってきた。わたしはそっと胸をなでおろした。
「し、
「
「うん。で、わたしは
「また自分でそういうことを。相変わらずだなお前は」
「むっふふふ」
わざとおどける。こういうときは平然といつもの自分を演出してやったほうがいいだろう。わたしだって、現状、とても恐ろしいのだ。
しかしそれよりも三人が全員、一時的とはいえど恐慌状態になるのはもっと恐ろしかった。わざわざ名前を尋ねたのは、深呼吸で取り戻した落ち着きと自己認識をより強固にするため。人はこれを簡易的な精神分析、とも言うが……。
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