第87話 家族が増えるよ、やったね! その10

 さて、苦言はこの辺りにしよう。獲物の解体の続きである。


 血抜きは完了した。血を抜く間、咲子はわたしからシャベルを受け取って穴を掘っていた。貸し出す際に簡易魔力付与をしておいたので異常な速度で地面が掘られていく。あっという間に直径一メートル、深さも同じくらいの穴が出来上がった。


 次いで咲子は周辺の木の枝をシャベルのノコギリ部分で切り取りを始めた。だいたい百五十センチくらいの長さ。そこそこの長さのがっちりした枝を五本用意する。


「鹿は川に落ちないところに安置し、解体用の建付けを手伝ってくれ。今、掘った穴を中心に二本ずつ二組、交差させて枝を突き刺す。そうしてそれを蔓で固定する」


「ラジャー」


 言われたようにする。咲子は手際よく蔓で二本ずつ建付け枝を括りつけてしまう。


「これでこの交差させた部分に枝を通せられる。最後の一本の枝は、ああすまぬ、先にこやつの角を切り落とそう。作業の邪魔だ。……うむ、それで左右の後足をバンザイさせるように開脚、関節部分をとっかかりに蔓で括りつけてしまう。……重量仕事ゆえ、腰を痛めぬように気をつけよ。まずはこの通し枝に互いに肩を向け合って乗せる。同時に立つぞ、一、二、三! 組み上げた建付けに移動! 慎重にな!」


 ふうふう言いながらそのようにする。もはや二人とも汗だくである。逆さ吊るしの鹿は予め掘った穴に前足を微妙に突っ込む形で力なく揺れていた。


「はぁーっ、重てぇーっ。でもこれは、喰いでが、ありそうね!」

「内臓を抜けば重さは半分ほどになる。それでも三人が食すには十分過ぎる量だ」


 なるほどこうやって地面に獲物をつけないように、解体作業に当たるのか。しかも事前に掘った穴に、取り出した内臓を効率よく落とし込めるようになっている。


 器材があれば血も内臓も無駄なく使ってブラッドソーセージを作れるそうだが、残念ながら持ち合わせがないのは致し方ない。そもそも女子が三人だけで鹿一頭を食べきるのはかなり大事だ。なので一般的に言う『肉』部分だけ頂くことにする。


「では、内臓除去に入る。念のために断るが、狩った獲物は冷やさねばならない。最低でも半日、可能なら丸一日。雑菌繁殖の温度帯を避け、腐敗を遅くするためだ。ゆえに狩ってもすぐには食さない。一気に完食できる人数がいるなら話は別だがな」


「うん。大丈夫、知ってるよ」


「ならば問題ない。今日は内臓を取り、明日は皮を剥ぐ。冷やしは川で行なう。何度も利用しているので承知している話、九月の水はすでに冷たい。流れの深い場所に沈めておけば速やかな冷却と、さらには他の肉食獣の横取りも防げるはずだ」


「了解だよ」


「よし、ならば手始めに生殖器の周りに切れ込みを入れ――というか、タマキよ。もしかして、お前が解体するつもりか? 解説込みでわたしが行なうつもりなのだが」


「何言ってんのサキ姉とちゃん。こんな経験、滅多にできないんだよ」


「大の男でも慣れぬうちは嫌がったりするというのに。言っておくが重労働だぞ」

「オッケーオッケー。もしかしたら将来、何かの役に立つかもしれないし」


「どういう場面でこの経験の恩恵に預かれるのか、あまり考えたくない気もするが」

「死体は探すより作る方が?」


「……。いや、まあいい。われらが一族の中核をなす、次期宗家当主たるミコトを守護する以上、そういう場面もあろう。現代でも神隠しは良くあることだしな……」


「そんな感じそんな感じ」


「では初めに生殖器の周りを切り取るのだが、可能ならペニスや膣部、何よりも肛門周辺はビニール袋で括ってしまうのがあらまほしい。食糧が糞尿を被るのは良くない理由からだ。今回はそのような都合の良いものが――む、持参している? どんな袋を? ああ、初日の菓子パンと飲み物が入っていたビニール袋か。でかしたわが義妹よ。切れ込みを入れたら、そいつを使って局部を覆い、輪ゴムで括ってしまえ」


 言われたように肛門とペニスの周辺をわが愛用のラブレスナイフぐっと切れ込みを入れ、ビニール袋で包んで閉じてしまう。鹿はまだしも、猪の処理ではこれは絶対にしたい。なぜなら猪のフンは、長くて大きくて、そして臭いそうなのだ。





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